1993年6月、皇太子成婚騒動を避けてドイツ、オーストリアに旅行した私は、ザルツブルクでたまたま入った店で「グーラシュ」という料理に遭遇し、一口食べてその虜になってしまった。
これはハンガリー起源の家庭料理で、オーストリアからチェコ、ルーマニアまで広がっている牛肉を使った煮込み料理である。スープタイプのものもある。何とも言えない辛さが食欲をそそる。その味を決定づけているものは、独特のパプリカであろう。
だが一度グーラシュの洗礼を受けた私は、とてもこの味を忘れることができず、「ああ、もう一度グーラシュを食べてから死にたいものだ」と幾度も涙で枕を濡らしたものである。しかし最近になって、日本にも多くのグラーシュ中毒者が存在することが分かり、私の心の曇りも少し晴れた。
東京でも、何軒かの店が「グーラシュ」と名の付く料理を出している。
1) 有楽町電気ビル地下のホイリゲンハウス・・・なるほど、外見はグーラシュだが、食べてみると「ふざけるなこの野郎、これはグーラシュじゃないぜ」。
2) 霞ヶ関ビルのハンガリー料理屋・・・ここにもグーラシュがあるが、シェフはフランス料理専門家で、グーラシュを食べるには8000円のコースを頼まなければならない。このコースにはなんとエスカルゴがついているという。Rubbish!!
3) 自由が丘「キッチン カントリー」。ハンガリー大使館の人間や、私の友人のハンガリー系アメリカ人などは、ここまで足を伸ばして食べているが、いかんせん遠い。また、前dancyu編集長の話によると、ここのグーラシュもあまりうまくないそうだ。
……と、いかにTOKYOが国際化したといっても、本格的なグーラシュにありつくのは、なかなかの難事である。これは、グーラシュに使用されているパブリカに原因がある。これがなければ本物のグーラシュは絶対に出来ないのだが、日本には輸入されていないので、事実上わが国で「本物のグーラシュ」を食べることは不可能であるということになる。
私がグーラシュとの再会をこひねがって涙を流し続けていたそんなある日、友人の料理研究家が偶然、ウンガリアン・パブリカを入手した(と言うか、密輸した)と口を滑らせた。これ幸いと説得して、当時神楽坂にあった拙宅でごく一般的にオーストリアの家庭で食べられているグーラシュをつくっていただくこととなった。
ここに本邦初公開、グーラシュの極秘レシピを公開する。みなさんにこの世界一うまい料理をご紹介できることは、サツマイモを江戸に伝えた青木昆陽もかくやという快事であり、私の密かに誇りとするところである。
ひさかたぶりに念願のグーラシュを口にして、私の頬を二筋の涙が伝ったことは、言うまでもない。しかし、一口食べた誰かは、「これって、鯨の大和煮?」とのたまっていた……。