強烈なストレスの中で「自分の能力」を売る人々
手塚 代表取締役名誉相談役 2000.1.24
運営者 マネージャー以上と、そうでない人とでは、向上心も違うんでしょうし、報酬体系も違うんでしょうね。彼らと日本のビジネスマンの、労働観の差はどのあたりにありますか。
手塚 かなり似てることもありますよ。一番違うのは、日本だと上司とそりが合わなくても2~3年我慢していれば異動していっちゃいますよね。
アメリカだと、上司とうまくいけば非常にいいですよ。協調して仕事して、「俺が偉くなったらお前を取り立ててやる」という調子ですから。ところが上司とうまくいかないと、どちらが出て行くかの闘いをしなければならない。「私はこんなに優秀なのに」と、上司を飛び越した上にアピールし始めたりしてたいへんなことになります。 そうすると上司のその上の人間が見ていて、どちらを切るか判断するようなケースも出てきます。
あるいは、前述の高等戦術で、自分の部下が優秀な社員ではあるものの、自分とそりが合わなくて不平不満たらたらで辞めたいと言ったときに、CEOに直訴して「給料を上げてでも彼を残してやってくれ」と頼んで、使いにくい部下を敢えて使って自分の業績を上げるようなゼネラル・マネージャーもいる。
なぜかというと、ゼネラル・マネージャー自身も、他のマネージャーとバイスプレジデントポストを競ってるからですよ。業績を上げるという点で。でもそいつはバイスプレジデントになって勝負がついた途端にその部下をばっさり切ったりしてね。いろいろですよ。
運営者 それって日本でも戦国時代の武士たちがやってたことですよね。
手塚 日々、彼らは強烈な競争と、強烈なストレスの中を生きています。でも結果はかなり早く出ます。日本みたいに30年もかけた競争はしませんからね。
次の人事の勝敗が見えてくると、ナンバー2になってしまった人間はあっさり会社を辞めて、ライバル企業でナンバー1を狙ってバリバリ働き始めるなんてこともままありますよ。そういう人材が飛び出してくると、対抗企業は喜んで採用しますよね。だって実力は証明されているのに、ナンバー1になれなかっただけでインセンティブを失っている人材なんですから、取らなきゃ損です。
運営者 ところが日本ではそういう人はどうなるかと言うと、「負け犬」の烙印を押されて落魄してしまう。濡れ落ち葉になっちゃうんだなあ、他に選択肢がないから。
手塚 たとえハンニバルのような名将が亡命してきたとしても、日本企業は各組織特有の論理で動いていますから、どんなに実力があっても今までまったくその論理に関わってこなかった人間は受け容れにくいようですね。使いこなすノウハウが全くない。
アメリカでのビジネスは、そういう意味では戦争に近いと思います。抜群に良い作戦を立てる人間なら、敵方からの投降者でも受け容れるし、あるいはフットボールや野球の監督なんて、そうやって取り合いやってるわけです。彼らは「シカゴブルズ」のために命を懸けてやってます」なんてわけではなくて、「10億円くれたら、どのチームでも勝たせて見せます」ということですから。
運営者 自分の能力を売っているわけですね。そういう世界の住人は、「企業は社会保障の一手段である」というどこかの世界の人間とは違う労働観を持ってるんでしょうねえ。
自分が働かなければ切られても仕方がない……これは当然として、共同して働くという部分の意識がかなり違うのではないかと思うんです。気に入らない奴でも使う上司、上司の能力を選んで組もうとする部下、自分の足りないところを他人の力でなんとか補おうとするわけですが、こういう考え方は我が国では「狡い」とされているんですよ。
手塚 それは、日本ではビジネスの究極のところの目的が、「儲ける」というところに設定されていないという、最初の話に戻って来るんですよね。みんなで楽しくやるというのが目的になっていると、ガリガリやるのはその組織では正しくないということになるんです。
極端なことを言うとね、アメリカでは100人の組織の全員が働くインセンティブを持っていないとしても、3人の経営能力を持った人間さえいれば、彼らは100人の目の前にどのようにニンジンをぶら下げればみんなが働くを知っているわけですから、それで大丈夫なんです。
でも日本では100人が100人、みんなが自発的に、仲良く組織に対して貢献しているというある種の幻想を抱かせて、「誰一人としてその幻想から脱落していないんだ」と思わせることが先であって、その中にたまたま出てきた「こんなことじゃあ能率が悪い、ホントは違う方法の方がいいんだ」と見抜く才能を持った人材を……。
運営者 スポイルしているのは事実だと思います。でも、「これは間違っている。こうした方がいい」と気がつく人材は、どの組織にもいるんです、やっぱり。
自分の実力に自信があり、それを野球の助っ人みたいに誰に対して売って歩いても良いと思っている人材はいる。しかし、そうした人材には、日本の社会ではあまりいい巡り合わせが巡ってこないことになってるんですよ。
手塚 それは「こいつのやり方は、従来の組織のルールは侵しているかもしれないけれど、結果を出しそうだから任せてしまおう」という経営者がでてこないと難しいでしょうね。だからわかっている人でも、みんな黙っている。
運営者 そういう考え方を決して持たない人間が昇進する登用メカニズムになってますからね。劣性遺伝を繰り返している。よほどの突然変異がないと、大企業が従来の文化を残したままで、現在の環境変化に対応することはできないでしょう。