問題点 1
体力消耗戦の過当競争。
過去の資産を食いつぶして生きている状態
運営者 では、日本がこうなってしまった問題点について列挙していただくとするとどうなります……?。
手塚 前回の話は、実はそこにほんの少し見えない光のヒントも入っているんだけれども、問題は、この幸せだった八〇年代までの日本の産業がどこかで曲がり角に来ちゃった。今のトラップにはまっちゃっているということで、何でそれが起きたかという話をこれからしなきゃいけないわけですね。
運営者 いつ曲がり角ができたかわかりますか?
手塚 それはバブルの崩壊でしょうね。もう少し言うと、実はバブルの発生そのものがもう曲がり角だったんでしょう。
というのは、もう八〇年代の後半に日本は一人当たりのGDPが世界一になって、これ以上の生活水準の向上による国内の消費の拡大余力がだんだんなくなってきたわけです。あるいは輸出競争力に関しても、もう八〇年代にはほぼ完成して、むしろ貿易摩擦等で日本の国内で生産して物を出すということの限界というのが見えてきているわけね。
それを一言でいうと、日本のGDPの名目成長率が、それまでの平均してで伸びていた状態から、2%、3%が本来あるべき姿だというところに来ちゃったわけですよ。
運営者 それはもういたずらに8%とか10%というのは絶対無理なんですか。
手塚 うん、それは無理でしょうね。
アメリカ合衆国は日本と匹敵する一人当たりのGDPを随分前に達成しているんだけれども、それから以後のアメリカの平均成長率というのは3%台あるいは二%台の後半でしょう。これをアメリカというのはずっと続けているわけですよ。これが現実なんだね。年間に500兆円ものGDPを持っている国が8%の成長を毎年続けるというのはすごいことだよね。数年たったら倍になっちゃうんだから。これはやっぱりあり得ない。
問題は、今の成長のシステムあるいは国内でどんどん競争をする、あるいは同じようなことをみんなで寄ってたかってやって、製品を練り込んで大量につくって、常に余剰生産力を持っているシステムは、8%とか10%で伸びるということが前提で組まれていたシステムだったわけでしょう。
運営者 そうなんですか。
手塚 だって、そうでないと、いつまでたっても競争した結果つくってしまった設備が埋まらないよね。
運営者 ああ、そうか。だからとにかく生産設備さえつくれば、市場は拡大するんだから、ほかの仕事はなくなるんだという前回の話。
手塚 そう。必ず投資は回収される、開発競争もいつか報われるという前提だったんだけれども、2%の成長になっちゃうと、これはやっぱり回収できなくなってくるわけですよ。
それで80年代の後半にそういうことがだんだん見えてきた段階で何をやったかというと、内需の拡大をやるんだと言い始めたわけだね。やらなければ、貿易摩擦も深刻になるし、日本の成長も維持できない。それで強烈な内需拡大政策を80年代の後半に、金利の引き下げとか、日本全国津々浦々、いろいろな不動産開発、プロジェクト等を政府が主導してやったわけですよ。
運営者 だけど現実的には、そのときはもうこれ以上内需が拡大できないぐらい、必要な消費財とか耐久消費財に関しては普及をしていたわけですよね。
手塚 普及していた。だけど次なる日本経済の成長、マーケットを大きくするためにそういう不動産プロジェクトとか、東京湾の埋め立てとか、こういうところに膨大なビジネスチャンスがあるんだと言って、そこでお金を使わせたわけです。
これはバブルに寄与するわけね。みんながそこに日本が向かえば無限の成長がまた手に入るんだと言って、90年代前後に8%台の成長をやっちゃったのがバブルで、でもそれはやっぱり幻想の富だったねと。
なぜならば、そのときにつくり上げた富というのは株価と土地の値段だったわけです。これはマーケッタブルな、あるいはそれがゆえに利益を生み出すような、付加価値を生み出すような価値じゃないわけですよ。だって土地なんて、土地を使って何かビジネスをやって初めて利益が出るでしょう。だけど土地を持っている、だけで富が生まれるわけじゃないね。
運営者 大体、みんな転がして稼いでいて、ババをつかんだやつが負けというゲームをやっていましたよね。
手塚 そうね。だって冷静に考えたらば、一平方メートル1000万円の土地の上で何かビジネスをやってもうけることができるビジネスなんて何がありますか。土地だけで何億円もかかる建物を建てて、その上でやるビジネスといったら、これはめちゃくちゃもうかるビジネスでもやらない限り、もとは取れないわけですよ。
だけど、そんな土地の上でどういうビジネスをやるかということじゃなくて、そういう土地を持っていて、少し待っていればボンと値上がりするから、それを売ってしまえばもうかるんだと。つまり土地そのものが商品だったわけでしょう。
運営者 そうです。
手塚 株もそうですよ。その株を持っていることが富であって、それも何年か持っていれば必ず倍に値段が上がる。そうしたら、そのときにだれかに売れば、そこでもうかるということを考えていたね。だけど、このプロセスの中にはどこにも、知恵も工夫も、付加価値を生み出すような努力もないわけでしょう。
運営者 人が労働して汗かいて、何かつけ加えるというものはそこにはないですよね。
手塚 すると、ぎりぎりまでこのゲームに参加している人たちがそういうある種のババ抜きゲームみたいなことをやっている限り、値段は上がっていくのかもしれないし、それで値段が上がったことによって、あぶく銭を手に入れた人たちが高級自動車を買ったり、ブランド品を買ったりして消費を拡大するということはあるんだけれども、付加価値にバックアップされていない繁栄だったわけだから、いつかは破綻するわけですよ。実際、破綻したのはバブルの崩壊なんだけれども。
運営者 やっぱりね。そんな甘い話あるわけないと思っていたんですよね。
手塚 それはそうでしょう。やっぱり無から有は生まれないというのは古今東西のあらゆる経済学も物理学も含めて基本原則ですよ。
運営者 やっぱり一生懸命働いて人が付加価値をつけていかないとだめなんですか。
手塚 経済というのはそういうことなんでしょうね。
運営者 それは一面の真理なわけですね。
手塚 ええ。世の中は難しいので、当然そういう努力をして価値をつくることによって報われるということをやっている人たちが一方でいながら、そういう人たちのある種上前をはねて生きてる人もいる。
一番端的な例がばくちなんだけれども……。競馬、競輪、パチンコ、こういうのは努力をしないでもうけることをやっている。ただし、それはそういう場にやってくる人たちがレクリエーション、遊びと思ってお金を使うから成立しているビジネスであって、付加価値はついていないわけですね。いくら競馬、競輪がはやったからといって、日本のGDPというのは増えないわけですよ。
運営者 それじゃ、バブルのときというのは、GDPが増えていたけれども、要するにみんなでばくちをやっていて、そのおこぼれで上がっていた8%ということなんですね。
手塚 そうね。ばくちでたまたまもうけた人たちが消費を拡大することによって、額に汗して働いている人たちのほうも潤ったということなんでしょうね。
運営者 バブルの時、株価と土地はどんどん上がっていったけれども、それは見せかけの利益でしかなかった。
手塚 そう。問題は、その株価と土地の値段が上がるというのは、実際に額に汗して働いている人たちの世界でもすごくメリットがあったことですよ。
なぜならば、大企業は株も土地ももともと持っていたわけね。そうすると、たまたま自分たちが持っていた株とか土地の値段が、ゲームをやってくれたおかげでどんどん値段が上がったわけでしょう。
そうすると例えば銀行からお金を借りようというときに、どんどん担保が取れるわけですよ。今まで例えば100億円しか借りられなかった会社も、持っていた土地の値段が3倍にはね上がったために500億借りることもできちゃう。そうすると、今までは100億円レベルの投資で競争していた会社が突然500億の投資をして、より大きな競争をしようということを始めちゃうんですね。
運営者 さっき言ったみたいに、経営者というのは、そっとみんなで渡りゃ怖くないと同じことをやっていた連中なんでしょう。ところが、いきなりいっぱいお金を持ったって困っちゃいますよね、これ。
手塚 そう。だから当時、日本の企業でやったのは新規に立派な工場を建てる、あるいは海外に投資をして海外現地生産を始める。実はバブル経済によって生じた、ほとんどただ同然で資金を手に入れることができるという幸運を使ってこういったことを繰り広げたわけですよ。
つまりあぶく銭が手に入ったおかげで、それを使って戦線を拡大したんだね。八〇年の後半にはまさに日本企業がアメリカの映画会社を買い、ニューヨークではロックフェラーセンターを買いという現象が起きたわけです。
問題は、バブルのクラッシュは全く逆のインパクトを与えているわけね。つまり、そうやってただ同然で資金を手に入れて、ほとんどノーリスクだとみんなが信じて戦線を拡大していった直後に、その金融のもとになっていた株とか土地の値段が暴落したわけですよ。
89年から93年のわずか4年間の間に、日本から蒸発しちゃった、消えてなくなった信用あるいは土地と株の価値というのは、総額で300兆円以上。300兆円といったら、年間約500兆円のGDPの70%近くが吹っ飛んだわけでしょう。これはただ土地の値段が下がって損したとか何とかといっている話じゃなくて、すべてそういう価値というのは金融機関の担保に使われていたり、投資企業が投資するときの資金の源として使っていたわけ。
運営者 そうですね。
手塚 突然はしごがはずされちゃったような状況になっているわけです。経営者にしてみたら、今までノーリスクで戦線を拡大できると思っていたところが、突然、「あなたが持っていたはずの貯金は実はからっぽだったんですよ」と言われているに近いね。
運営者 銀行は「だからお金返してね」と。
手塚 ええ、ところが「お金返してね」と言われても、先ほど申し上げたように、日本の企業の投資というのは短期でもうかるということを前提にしていないから、市場がものすごく将来伸びることが前提で、五年後ぐらいで回収できるということで、それからもうけようと思っているわけでしょう。
ところが、そうやって戦線を広げちゃって、ますます過当競争で不必要な生産能力、設備能力を持っちゃって、日々の生産あるいは販売ではもうからないような状況になったときに、一方、ただで手に入れていたはずの資金の仕組みが崩れちゃったわけだ。金利も払わないといけないし、借金も返さないといけない。同時に二重苦を背負っちゃったわけだね。それがバブルの崩壊ですよ。
金融機関はまさにその貸していたお金の担保が全部価値が消えちゃったために不良債権化した。これが今起きている金融機関の問題なんだけれども、実際、事業会社でも同じようなことが起きていて、ただそれは本来のマーケットよりもかなり水膨れした形で持っている生産能力とか研究開発能力とか、そういうところに問題が残っちゃっているわけですよ。
運営者 そうすると、企業がもうからない原因というのは、膨らんだその借金と余剰能力がある生産設備、それが原因なんですかね。
手塚 現象としてはそうなんだけれども、もう少し本質的なことをいえば、やっぱりさっきから申し上げているような、成長を前提にみんなでこぞって同じようなことをやって競争する。それによって切磋琢磨して、みんなで競争力をつけていくという構造が、成長が前提でなくなると、みんなで体力を消耗する消耗戦を始めて、ますますもうからなくなるという負のサイクルに入っちゃったのね。これが問題の本質なんじゃないかと思うんだけれども。
運営者 消耗戦の事例としてわかりやすいものってないですかね。
手塚 どうなんだろうね。例えば日本のガソリンスタンドなんていうのは、同じ町の中に例えば五軒が林立しているとするね。今苦しいと言っているけれどもしようがない。もう設備は投資しちゃったんだから、立派なガソリンスタンドはあるんだから、あとは少しでもお金が入ってくればいいやといって、そのうちの一軒が一割値下げしたとするね。そうすると瞬間的にはそこにはお客さんが来て、残りの四軒はお客をとられるね。
ところが何が起きるかというと、残りの四軒だって、うちだって同じように投資をして設備は持っているし、やっぱりお客が来てくれなかったら現金収入は入らない。収入が入らないと金利が返せない。じゃ、しようがない。向こうが一割下げるんだったら、うちは12%下げようとそのうちの一軒がやるね。そうすると、ほかのガソリンスタンドもみんな下げざるを得なくなるので、やっぱり下げるねと。そうすると、いつまでたってもこの競争は続くわけですよ。マーケットが小さくなっている限り、限られたお客さんを奪い合うことになるわけね。
運営者 だから、みんなぎりぎりまでガソリンの値段を下げちゃって、それで足りないから、今度は精いっぱい元気いっぱい、「いらっしゃいませ」というのをやって、あんなにかわいそうな商売はないですよ。それでもうからないんですから。
手塚 それに近いことを、実は日本の企業は大手の自動車会社も、電機会社も、鉄鋼会社も、あらゆる業界の中でこういうことをやっているんだね。
運営者 えっ、そうなんですか。
手塚 うん。それは表面上、ガソリンスタンドのように皆さんの前で頭を下げてやっていないから気がつかないだけで、実際は大手の企業が限られたマーケットを奪い合うということがもう始まっているわけだね。裏に非常に大きな生産余力を持っている状況の中で、どうすれば自分はサバイバルできるかをやっているわけですよ。それはもうからないよね。
運営者 でも、それじゃ何とかするしかないですね。問題点1に名前をつけていただくとすると……。集中して、かつ値下げ競争をやって、お互い傷つけ合うというばかげた、外から見ると、ほんとうに何でこんなむだなことをやっているんだろうという。ほとんどマゾ的な競争。集団マゾ。
だって、普通はだれかが「やーめた」と言ってやめるんじゃないですか。あるいはカルテルを結ぶとか。
手塚 要するに過当競争といったら過当競争なんだけれども、何て言ったらいいのかしら。
体力の消耗戦をやっているわけよ。体力というのは主に製品開発力とか商品の力ではなくて、どれだけ貯金を持っているかとか、どれだけ土地とか株を持っているかとか、そういう過去の遺産を食いつぶす形での体力消耗戦なんだね。それをやっているから、もうからない体質になっている。「問題点の1」というのはそれですよ。