軍隊は日本の企業文化に影響を与えたか
織田 聡氏
運営者 しかし、企業文化というのは、組織の一体感を強調すればするほど、並行して走らせることができないので、非常に長期のスキルの養成が必要な 「もの作り型」 の企業文化ができてしまえば、その組織のすべてが戦略部門も含めて、その文化を受け入れるわけです。
織田 本社スタッフまでもが長期雇用を当然視している。しかし本来は、そういう戦略スタッフは外から買ってくればいいわけなんです。
運営者 そういえば、手塚さんが言ってたけど、鉄鋼会社では、現場労働者は長期雇用なんですね。だけど別に本社のスタッフで戦略を練っている連中は、終身雇用でも何でもないと。
こういうあり方があってもおかしくもなんともないのに、現実的には日本企業は非常に単線的な人事体系しか持っていない。そこのところを多様化させようという圧力は、今までのところ全くなかったんです。非常に不思議なことですよね、だって戦前は財閥系企業はアメリカ型に近い人事制度だったわけですから。
織田 それは、軍隊の組織がそのまま企業に持ち込まれたからではないでしょうか。
運営者 あ、それはそのとおり。それはまさにぼくがフィリピンで外務省の人に説明したことですよ。
彼は「この国の人たちは非常に優秀なのに、戦略的な考え方ができなくて組織がうまくいかない」と嘆くんです。
それで僕は、「それならばこの国には軍隊があるじゃないですか。治安が安定した段階で、軍隊の組織をそのまんま企業に導入すればいい」 と言ったわけ。経営の定義から行くと、如何にして市場を定義し、自社のドメインを設定してそれに合った自分たちのビジネスを構築するか、最短で目標に到達にするはどうすればよいか、そのために非常に合理的な意思決定するということに関しては、軍隊は実は最も洗練されたノウハウを持っているわけです。これは間違いがない。しかも、論理的な思考力すらも軍隊の中では訓練されているわけです。
「フィリピンでも、軍人を企業の中に巧く入れていくことによって、軍隊の文化を企業に移植する努力をすれば格段に良くなるのではないか」と提案したんです。
まさに、おそらく日本の戦後期にはそれがあったのではないでしょうか。引き揚げてきた人の中で、学校の先生になった人もいれば、企業に入った人もいるわけで。
織田 『失敗の本質』の著者のひとりである戸部良一さんが、中央公論社の「日本の近代」シリーズの中で、『逆説の軍隊』という本を書いていたので読んでみたら、「明治以降、日本人に時間中心の概念を植えつけたのは軍隊だ」と書いてありましたよ。それまでは、日本人には、「時間を守らなければならない」という概念はなかったんだそうです。それと、いわゆる標準語の推進機関になったのも軍隊だったそうです。それまでは、東北地方の人間と鹿児島の人間が同じ言葉でしゃべるということがむつかしかったらしいんですよ。
運営者 なぜ軍隊にはそのようなものが必要だったのかな。
織田 それは軍隊には、上の命令を狂いなく末端まで一瞬のうちに伝える必要があったからなんでしょう。
運営者 そのように大勢の人間が、非常に効率的に各自の力を統合して、、大きな力を発揮するという文化を、今までの日本企業は構築してきたわけですけど。