田中 実際にも「すべてが良い建築」というのは、あり得ないですよ。
運営者 どういうことですか?
田中 例えばミース・ファン・デル・ローエという、グロピウスと同時期に活躍した建築家がいます。ナチの時代にドイツからアメリカに亡命した人です。ル・コルビュジエなどとともに、モダニズム建築を代表する建築家です。
ミースの建築は、鉄とガラスの建築です。きわめて美しい建築です。
運営者 代表作は、何ですか?
田中 レイクショアドライブ・アパートメントとか、ニューヨークのシーグラムビルとか、スペインのバルセロナ・パヴィリオンとか。
彼は“Less is more.” と言った人です。
運営者 どんどんそぎ落としていくんですね。
田中 そうです。そして彼にはフォロワーの建築家がたくさんいて、彼をまねているんです。
だけど当然ながらミースと同じレベルのものは作れないわけで、レベルが低いんだけれどミースの亜流がたくさんあるがゆえに、ミースの素晴らしさがわかってきます。
実際本当に良い建築というのは、奇跡のようなものなんです。ホントにそれは奇跡で、「なぜこんなものがあるのだろう」と思わずにはいられません。だけど、そこまではいかないけれど、まぁそこそこ良い建築が無数にあります。
さっきまでの話は、そういう無数にある。そこそこ良い建築物と、ダメな建築物の間にある差は何なのかなというという話だったと思うんだけど、本質的な話はその上の話ですよね。
運営者 いよいよ核心に迫ってきましたね。
田中 それは非常に難しい話だと思うんですけれど、長い時間の中で壊されずに残っていく建築物というのは、やはりそのような奇跡のような建築なんです。とても難しいです。
運営者 では、田中さんが優れた。建築物で「これはいい」と推薦できるものを教えてください。
田中 そうですねぇ、例えば前世紀中盤の非常に重要な建築家であるルイス・I・カーンという人がいますが、この人が作ったフィリップ・エクスター・アカデミー図書館なんていうのは本当にすばらしいです。またキンベル財閥の美術館なのですがそれもすごいです。建築的にはボールトを使ったような古典的な建築なのですが、中に入るとモダンな感じがして、光の柔らかい空間を作っています。これはほんとに感動しました。
そこには静謐性と空間性と・・・あと光ですね。この建築家はそうした詩的な言語を紡ぎ出すような建築家だったと思いますが。それは実際に行ってみてそういうふうに感じます。
運営者 そうじゃない建築家というのは、「与条件を満たすものにしましたよ」という程度のものしか作れませんが、ルイス・I・カーンはそれ以上のものを作ることに成功したわけですね。