田中 そういうものはあるんです。奇跡という言い方をしましたが、たくさんの建築家がいろんな国で建築をつくっています。私達は学生時代にそれを見に行きます。そして建築を感じながら、「いいものを作りたい」と思っています。
だけど、同じものを作っていればいいわけではなくて、建築はどんどん発展しています。例えばマンハッタンの超高層ビルは遠景から見れば極めて美しいと感じますよね。あれができたのは、エレベーターと照明ができたからなんです。
運営者 そうなんですか!
田中 100階建ての高層建築ではどうしても奥行きが深くなってしまいます。ですから照明ができなければ、超高層建築は成立しないんです。つまり超高層ビルというのは技術の進展につれて開発されてきたものなんです。
運営者 なるほどー
田中 モダニズムは1910〜20年のころの精神とか、デザイン闘争史と言っても良いと思うのですが、それ以前のクラシカルな建築物からの逸脱だったんです。
運営者 モダニズム以前は、ルネサンス建築があって、バロックがあって、ロココがあって、一番最初に壁面の装飾を取ったのは、ウィーンの王宮のミヒャエル門の前にあるロースハウスという建物だったと聞いています。
今も使われていますが、20世紀初頭の建築で、ミヒャエル門というのはこれはもうこれみよがしのネオバロック建築で、皇帝はロースハウスを見るのが嫌なので、いつも顔を背けて門を出入りしていたみたいです。そのくらい拒否されていた(笑)。
ロースハウスと、ローマの遺跡を間にして向かい合って建つミヒャエル門。
田中 そう。フランスではアカデミーが非常に強くて、それに対してル・コルビュジエが反発してモダニズムの世界を切り開いていったんです。ドイツではヴァルター・グロピウスとか、ミース・ファン・デル・ローエとか、ハンネス・マイヤーとか。
運営者 今でもベルリンに行くと、バウハウスの名残を感じさせるような建築物がたくさんありますね。
田中 面白いですよね。ですから今では当たり前に感じるようなモダニズムの空間は、当時においては非常に衝撃的なものだったんです。
運営者 アメリカのモダニズムも、ヨーロッパの建築家たちが主導したんだ。
田中 フランク・ロイド・ライトはアメリカ人ですけどね。日本の影響やマヤ文明の影響を受けながら、自分のスタイルを作っていきました。ニューヨークのグッゲンハイム美術館とかね。
運営者 まん中に無駄な空間があるんですよね(笑)。
田中 ちょっと使いづらいですよね(笑)。