テレサ・テンの歌に見る自己中心的世界観
エコノミスト
田代秀敏氏
田代 一方で、中国の人たちの世界認識は極端にエゴセントリック(自己中心主義的)です。徹底して自分を中心とした世界像を描いています。
アジアの歌姫テレサ・テンの歌でこういうのがありますよね。
「だからお願い そばにおいてね 今はあなたしか愛せない」
運営者 「時の流れに身をまかせ」ですな。
田代 この歌は日本語の歌詞が元ですが、中国語に翻訳されていて、今では全中国人の愛唱歌になっています。みんなすごく大好きな歌なのですが、これの中国語訳はこうなんです。
「所以我求求[イ尓] 別離我離開[イ尓]」
運営者 ふむ。
田代 日本語の歌詞では、一言も、「わたし」とか、「あなた」とか言ってないでしょ。
運営者 そうですね。
田代 ところが中国語ではこんなに短いことばの中に、「我」が2回、[イ尓]つまり「あなた」も2回出てきています。こういうふうにしなければ、そもそも言葉として成立しないんです。
直訳すると、「だから私、あなたにお願いお願い、私をあなたのそばから離れさせないで」になります。
運営者 すごいですね。日本語でそんなこと言われたら、ちょっと引いちゃいますね。
田代 中国語では、こう言わなければそもそも意味が伝わらないんです。
中国語では徹底して、まず一人称の「我」(ウォー)があって、次に二人称の「イ尓」(ニー)つまり「あなた」がいて、その次に三人称の「他」(ター)つまり「わたしでもあなたでもない他の人」があるんです。「ウォー・ニー・ター」、人称代名詞はこれでおしまいです。英語のような格変換はありません。複数にするときはその後に「們」(メン)をつければいいだけです。以上、おしまい。
運営者 便利ですね。つまり中国語は、他者認識が、世界の言語の中でも恐らく最も単純であるということですか。
田代 もっと言うならば、非常に強烈に自分を中心に世界を組み立てているのですね。
まず私があって、次にあなたがあって、それから第三者がいて、それでおしまいなんです。
でもこの関係性は重要で、「だからお願い、そばにおいてね」と言うだけでも、私とあなたが2回ずつ出てこなければならない。