「自己人」=「刎頸の友」
エコノミスト
田代秀敏氏
運営者 中国の社会は、昔の日本と同様に、お互い同等の権利を持つ者が集まった社会ではなく、身分に上下をつけて固定化したがる社会という感じでしょうか。
田代 中国人は日本人とは違って、組織に何の執着もありません。
だから転職は当たり前だし、外国に移民することも当たり前なんです。自分の可能性を生かせる場所が中国よりも日本であるのなら、日本に行く。
その意味では、中国型組織というのはありえません。
運営者 では、個人の一対一の関係ではどうでしょうか。対等なパートナーというのはありえるのでしょうか。
田代 中国人の持っている人間関係の観念は、同心円状なんです。
つまり、まず中心に自分がいます。自分のすぐ周りには、「自己人」(ジー・ズー・レン)=「自己と同じ人」という、最も親しい友人が一人か二人います。これは、「自分と同じ人だと思ってもらってよい」、「この人とだったら、私は一緒に殺されても悔いはない」というくらいの友人です。
運営者 「刎頸の友」ですね。
田代 そうです。わかりやすいのは「三国志演義」に出てくる劉備と関羽と張飛との関係ですよね。
運営者 「桃園の誓い」ですね。
田代 彼らは居酒屋で意気投合し、裏庭に行って、「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を」と誓います。これが「自己人」です。
その周りに、そこまでいかない友人がいます。「一緒に死ぬつもりはないんだけれど、利益は一緒にしよう」という人たちです。
そういうふうに、距離が遠くなればなるほど、だんだん扱いが落ちていきます。
これは非常に明確で、中国の人たちは、「この人は自分の自己人だ」と思ったら、どこまでも無理をききます。
たとえば、「今日は給料日ですよね。給料を全額貸してください」と言われた時に、何も聞かずにぽんと貸すのが自己人なんです。しかも一切証文など取りません。そこで証文を求めたら、その時点で自己人としての友情は終わりです。
運営者 なるほど、よくわかります。今のお話を知らずに「三国志」を読んでも、登場人物の行動がよくわからなくて、「なんでこんなに他人のためにバカみたいなことしてるんだろ」と思うところが多いのですが、今のお話で合点がいきました。
田代 自己人との約束は何があっても守る、それが守れないと中国人社会では生きていけません。