12月18日
DARIOは今日の午後7時の飛行機でスペインに行くという。昼休みに握手をして別れる。昼飯はフィッシュ&チップス専門店で食べて、代理店で28日のロンドンの宿のバウチャーを受け取り、セインズベリーで荷造りテープを買って、午後の授業をふけて日本に送る小包をつくる。やや仮眠。
LSOを聞こうと6分遅れで来た6:24の電車でロンドンブリッジへ。地下鉄に乗り換えてムーアゲートで下車。バービカンセンターまで歩く。
7:25、切符売り場まで行くと、「£30の席しか残ってないよ」という表示が掲示されている。その席を学割£8で買ってしまう私は鬼である。座ってみると、いままでこんないい席でオーケストラを聴いたことはないというようなSTALL中央ど真ん中の席である。誠に申し訳ない。
次にプログラムを見てみると、尾高忠明の指揮、LEIF OVE ANDSNES独奏のラフマニノフである。何者だこいつは。1970年ノルウェー生まれ……、ん? なんのこっちゃない、井上さんがかわいがっている坊やじゃないか。
やがて指揮者とソリストが登場して演奏が始まった。ANDSNESの演奏はあくまで若々しく、軽快でしなやかだ。「ロシアの大地を踏みならす土着的な響き」といった感じでは決してない。見事な世界を作り上げている。第1楽章が一番良かったと思う。演奏がひとしきり終わると、額と頬の汗をハンカチで拭って、その同じ面で鍵盤を拭くという動作をするのが癖のようだ。LSOの伴奏も素晴らしい。やっぱりフィルハーモニア管弦楽団よりこちらの方が、音色に色艶があるような気がする。
ANDSNESはぐいぐいとオーケストラを引っ張って、しっかりと緊張感を保ってフィニッシュにたどり着いた。たいへんな成功だと思う。観客は惜しみない拍手を送っていた。
だが、井上嬢によると「ラフマニノフの3番はいい加減飽きてきてるのよね、彼」と言うことになる。
休憩を挟んで、ラフマニノフの長大な第2交響曲である。この曲は、私はこの曲は作曲者以外には理解不可能だと思う。誰かが編曲して聞き易くしてくれればと思うくらいだが、メロディーが美しいので、そのお陰で今日まで命脈を保っている。K. SCOTTが大好きで、ベルリンにいたときにカラヤンの指揮で聞いたことがあると威張っていたっけ。
オーケストラはボリューム最大で、ラフマニノフの音色をこれでもかとがなり立てる。尾高忠明の指揮は、後半に行くにつれてよくなっていった。尾高というのはただのハゲおやじなのだが、ラフマニノフを振る瞬間の指揮者の例外に漏れず、格好良く見えるのは結構なことだった。いずれにしても非常に楽しめる2曲であった。
10:00、演奏が終わってムーアゲートの方に歩いていくと、バスがいっぱい停まっていて、人が乗り込んでいるが、これは貸し切りバスとのこと。LSOに団体動員している奴がいるのかと驚く。地下鉄に乗ってロンドンブリッジへ。10:30の電車を待つ間にサンドイッチを食べる。11:50電車はクロックハウスへ。そこからバスで11:00ベッケンハム・ジャンクション駅前のO`NIELL`Sへ。ANDRESSに別れを言わなければならない。
木曜日はライブをやっているので、ものすごい音量でロックをがなり立てている。う~っ、やめてくれえ、俺のラフマニノフが消えていく……。ダンスの輪の中に入れとウクライナ人の生徒の一人に誘われるが、とてもそんな気にはならない。学校の教師も3人踊っている。WAYNEが汗だくになって踊っているのが見える。
11:30演奏終了。ANDRESSと話す。なんとなく、お互いが一番の友達だったというのが共通した感覚であるのが面白い。「君は家族とのつながりがないのが、我々にとっては不思議だ。早く結婚して子供を持て。そしてANDRESSという名前をつけろ」と言われる。そりゃ無理だよ。
0:00、O`NIELL`Sが閉店しても生徒たちと教師の一人は店の前に屯して帰ろうとしない。30分ほどだべる。マニュエラにエジンバラで僕を見かけたが、話しかける前に行ってしまったと言われる。やっぱりあれはマヌエラだったのか、ロイヤル・マイルで確かに彼女を見たような気がしたが、まさか気のせいだろうと思ったのだが……。ケバブを食べるというANDRESSと別れてジューンと歩いて帰る。
「俺の恋人の写真見たいか?」と聞かれたので「これは来るな」と思ったが、案の定、例のシリア人の彼女についてのボヤキだ。
彼女はシリアに帰ってしまった。彼女にはフィアンセがいたことは、付き合った当初から知っていた。私が初めて彼にあった日、ハロウィンの日の花火の時のことだ。彼女はモスリムで、彼はローマ・カトリックと宗教が違う。彼は延世大学法学部の卒業で、弁護士になるには後2~3年かかる。金はない。一方彼女の父親は、彼女の夫には、彼の会社に入って働いてほしいと思っている。しかも今、彼女はジューンの事を好いていて、フィアンセにキスをさせなくなっているので、フィアンセは不思議に思っているという。どうしたらいいか。西洋人にはこの状況は理解してもらえない。君なら分かるだろうというのである。
正直、これには弱った。うーん、青春してるなあ。
私は「言うべき言葉を持たない」と言って逃げるしかなかった。彼は「分かった。忘れてくれ。これについて君を悩ませたくない」と言って、うちの前で別れる。1:00帰宅。