フランス編 エッフェル塔
手塚 代表取締役名誉相談役
さてフォーションを後にして、広いシャンゼリゼの緩やかな上り道を凱旋門の方に向かってぶらぶらと歩いていく。夏の明るい日差しがマロニエの並木に注がれて眩しい。景色を楽しみながらゆっくりと歩いて凱旋門までたどりつくと、どうしてもこの門に上ってみたくなった。この門は放射状に交差する12本の道の中心にあり、ちょうど小高い丘のてっぺんに建っている形になっている。てっぺんまで上ればさぞ絶景を拝めるに違いない。
凱旋門の螺旋階段 が、しかしである。上に登るエレベーターの窓口にいくと、今日は故障のため動いていないという。でも幸い階段の方は開いているというので、自分たちの足で登る事にした。これがやってみると大変な苦労。普段我々は凱旋門をシャンゼリゼの坂下の遠くから見ているため、そんなに大きいという印象をもっていないのだが、実際はとんでもなく高い建築物なのだ。高さ約50メートル、272段の階段というから10階だてのビルくらいはあるだろう。今朝フライトでついたばかりの体には結構しんどい運動だった。
しかし息をきらせて頂上まで登ると、そこに開けた景色はそうした苦労を忘れさせてくれる素晴らしいものである。放射状に広がる12の道が見渡せて、遠くモンマルトルの丘にはサクレクール寺院が見え、またはるかラ・デフェンスの新都心の方には今自分たちが立っている凱旋門とは全く趣の異なるコンクリートの現代的なモニュメント、新凱旋門が望める。何といってもパリの旧市街は建築物の高さ制限があるため、建物の高さが揃っていて、時折突き出てみえる教会やエッフェル塔、モニュメントなどが浮き立って見えて、実に美しい(運営者注・凱旋門の会場には、戦争博物館もあります。また階下には、無名戦士の墓があります)。
さて、同じ272段の階段を降りて凱旋門を出るとむやみに喉が渇いてきた。ちょうどシャンゼリゼ大通りに、慣れ親しんだ黄色い「M」のマークが目に入った。マクドナルドである。とにかく簡単に喉を潤すということで、飛び来んでみる。パリまで来てマクドナルドもないのだが、取りあえず飲み物を手軽に飲むにはこれ以上手軽なところはない。しかもパリのマクドナルドではビールが飲めるのだ! 乾いた太陽に照り付けられた体に、フランス製のビールが沁み込んでいくのがわかる。
これで一息ついて、夕食前に後一つくらい観光しようということになった。タクシーを拾い、エッフェル塔のたもとに向かう。エッフェル塔は1889年に開かれたパリ万国博のシンボルタワーとして建設されたのであるから、もう一世紀以上の歴史をもつパリのシンボルである。そのたもとに建ってみると、100年前のフランスの技術者たちがよくこんなものを建てたなと思うくらい、巨大な威容を誇っている。そして何よりも均衡のとれた姿が美しい。20年後に取り壊すという条件で建設されながら、その後も生き長らえたのは、ひとえにこの調和のとれた美しさによるに違いない。
そして中央集中化が日本より進んでいるフランスの首都として、寸分の隙も無いくらい建築物が密集したパリにおいて、このエッフェル塔の回りには広大な隙間の空間が残されている。その後1900年、1937年と続くパリ万国博の会場が、このエッフェル塔をシンボルとしてセーヌ河畔に巨大な仮設パビリオンを建てる事で行われてきた広大なスペースのなごりなのだろう。大阪万博、千里の会場跡地がたちまちのうちにニュータウンとして寸分の隙も無く利用されてしまう日本とは全く事情が異なるわけだ(そういえば愛知万博では跡地の宅地転用問題でもめているとか)。
ちなみに1900年パリ万博の写真をみると、エッフェル塔のたもとに広がる展示場群のなかになんと日本の五重の塔が建っているのを見る事ができる。手元の資料では1900年パリ万博での日本政府(日露戦争の5年前である)の出展は法隆寺金堂をモチーフとしていたとされているので、これは法隆寺五重の塔のレプリカなのかもしれない(運営者注・これは「世界の塔」というパビリオンで、世界中の建築物を集めた珍妙なものです。日本からは、深川の大工の棟梁がつくった立派な門と五重塔が出品されました。この五重塔は、当時のベルギー国王が所望したので、ベルギーに移築され、現在でも見ることができます)。
さて、現代のエッフェル塔であるが、筆者が訪れた夏の午後も、観光客でにぎわっており、塔へ登るエレベーター(夏目漱石が感嘆したという)に並ぶ人の列は長大であった。凱旋門を登っていささか疲れていた我々は、さすがにこの列に並んで何時間も待つ気力はなく、代りに塔の面するセーヌ河から発着する遊覧船、バトー・パリジャンに乗る事にした。この観光遊覧船はエッフェル塔のあるイエナ橋から、ノートルダム寺院のあるシテ島をへてサンルイ島のシェリー橋までの16の美しい橋をくぐりながら、約1時間余りの船旅となっており、この世界で最もセクシーな街を最も低い視線から堪能させてくれる。心地よいゆれと時差と旅の疲れからくる睡魔と戦いながら、筆者はこの詩情あふれた妖艶なる水上のパノラマを堪能した。
ポン・ヌフ(直訳すれば新橋か?)、ミラボー橋など、セーヌにかかる数々の美しい橋をくぐりながら、船はしずしずとノートルダムの背後にまわりこみ、その繊細かつ優美な後ろ姿を堪能させてくれる。歩いてまわるのとはまた違った趣のあるパリの景色をみられるという意味で、この遊覧船はお勧めだ。
短いクルーズを終えて、夕食までの短い時間に、ホテルにほど近いデパート、オ・プランタンで簡単な買い物をする。さて夕食は、初日でもあるので簡単にとオペラ座近くのこぢんまりとしたレストランに入り(名前は失念)、オニオングラタンスープとブフ・ブルギニュオン(牛肉のブルゴーニュ風)。ホテルにもどり熟睡。