鷲の巣
手塚 代表取締役名誉相談役
8月29日。ホテルで朝食をとった後、ここベルヒテスガーデン近くにあり、絶景の湖とされているケーニッヒ湖(王の湖)に向かう。ここでは鏡のように静かな湖面を走って、湖の奥にたたずむ聖バーソロミューの礼拝堂まで往復する遊覧船に乗る。雪をいただく山々に囲まれた谷間にあるケーニッヒ湖をこうして小さな船で静かに進みながら見渡す光景は、実に美しい景色だ。
途中、船が静かに泊まり、船頭がやおらトランペットを取り出して、切り立つ岸の山肌に向かって信号ラッパを吹くと、これが何回も木霊して返ってくる。エンジンを止め、あたりに全く音のない静寂のなかでラッパの木霊が響く様は幽玄とも言うべきものであった。聖バーソロミュー礼拝堂も、おだやか湖畔に静かにたたずむ玉ねぎ型の屋根のかわいい礼拝堂で、湖面に全く対称にその姿を反射させてこの景色に完全に溶け込んでいる。
ケーニッヒ湖で心を洗われる経験をした後、我々が向かったのは「鷲の巣」と呼ばれる、ヒットラーの別荘である。別荘といっても、これはアルプスの絶壁の頂上、標高1834mに建つ館である。ヒットラー50歳の誕生日に、ナチス党からプレゼントされたものという。なにしろ険しいアルプスの岩山の上にあるため、交通の便が悪く一般車では近づく事ができない。ふもとのバス停に車を駐車し、いろは坂も真っ青のつづら折りを専用のバスで6.5kmほど上っていく。これだけで700mほど上るのであるが、最後の124mは、なんと岩盤をくり貫いて作ったエレベーターで一気に頂上まで上るのである。このエレベーター、鍵十字のマークや鷲のエンブレムこそなかったものの、金色の重厚なものものしい入り口を持つかなり大がかりなもので、いかにもナチスドイツの建築物という雰囲気である。007の映画に出てくる秘密結社の基地の入り口を思い起こさせる代物だ。
複雑な気持ちで頂上にのぼると、そこに「鷲の巣(Eagle Nest)」館が建っている。絶景である。快晴の天気に恵まれ、ふもとのベルヒテスガーデンの街はもちろん、山々を超えたはるか遠方にはザルツブルグの街を望んでいる。回りにはオーストリアアルプスの峰々が広がり、なんとも素晴らしい眺めである。「鷲の巣」そのものは、巨大な暖炉を持つ全面ガラス張りのホールが素晴らしいが、これは入り口から覗くだけで、一般には立ち入りが許されていない。観光客は、よくロープウェイの頂上などでよく見かけるような屋外テラスのカフェで軽食を取っていた。
再びふもとに降りて、バス停前のこぎれいな屋外テラスのカフェで昼食。オーストリアに近いことに敬意を表してウィンナシュニッツェルを取るが、レモン味でサッパリしていて美味。
午後3時に車で出発して、今度は西にもどる方向に進路をとり、ガルミッシュ・パルテンキルヘンの街に向かう。ここはリゾートとして有名なドイツアルプスの玄関口の街で、ドイツ最高峰のツークシュッピッツの登山口でもある。また作曲家リヒャルト・シュトラウスゆかりの街としても知られている。今夜はここのReindls Partenkircher Hofに宿泊する(ツイン1泊78ドル)。比較的安いが、山小屋風の高級ホテルである。
街中を走った感じでは、カナディアンロッキーのジャスパーの街に似ていなくも無い。想像に反して平坦な町並みである。ガルミシュの街は予想以上に大きく、ホテルがなかなか見つからなくてあちこち回り苦労するが、運良く偶然前を通りかかって見つけることができた。
7時にチェックイン。夕食もこのホテルで取ることにする。予約でいっぱいとかで少し待たされるが、通されたレストランは非常に立派なものだった。シャブリの白とキャンティの赤ワインをハーフボトルで飲み、こくのあるロブスタースープと子牛の細切りクリームソース和えを食べる。なかなか美味。