リンダーホフ 2
手塚 代表取締役名誉相談役
さて、あまりの黄金趣味の人工美にいささか食傷気味になって館を出ると、正面の庭園の池の中央にはこれまた金装飾された黄金の女神像が浮かんでいて、そこから30mはあろうかという水柱ともいうべき噴水がジェット水流のように勢い良く吹き上げている。これが1878年に完成した城であることを考えると、驚くべき技術である。どこか背後の山並みの中に貯水槽が設置されているのだろうか。この30mの噴水は間欠的に吹き出す仕掛けになっているようである。約5分の水の魔術を見てから、庭園(といってもなだらかな草原に囲まれた自然な遊歩道のような作りであるが)の散策に入る。
まず足を向けたのはヴィーナス(ヴェヌス)の洞窟である。バロックの庭園様式に見られるグロッタ(人工洞窟)のモチーフを援用しているもののようだが、ここリンダーホフの洞窟は全くユニークであり、これこそがこの城の呼び物と言ってもよいだろう。ヴィスコンティの描くルードヴィッヒが、ワーグナーのタンホイザーの「夕星の歌」の幻想的なチェロの旋律を背景に、白鳥の泳ぐ地底の湖を金の巻貝を模した小船で音もなく静かに進むシーンは、この映画の白眉ともいうべき美しいシーンであった。
実際、このヴェヌス(「タンホイザー」に登場するエロスと快楽の女神)の洞窟に案内されると、薄暗い闇に閉ざされていた湖の向こうから、七色の光が立ち上り、奥の斜面には瀧がこんこんと流れ始めて、さらに「タンホイザー」の前奏曲が響き渡るしかけになっている。なんという幻想の世界。人工の陶酔境があるとしたら、これこそまさにそれであるに違いない。王はなんとこの虹を映す照明装置のために、バイエルン王国初の発電所をこの洞窟の裏手に建設させているという。このエロチックな夢の世界は、最新の技術を駆使した今日のディズニーランドでも到達し得ていない究極的な仮想現実の世界なのだ。
庭園をさらに進むと、南東のコーナーの手前に小さなペルシャ風のモスクを模したキオスクが建っている。「ムーア人のキオスク」である。建物の外装はアルハンブラ風のモザイク装飾が施されており、屋根には金装飾された回教寺院風の丸屋根が乗っている。内部を覗くと(入る事はできない)、赤、青、金で装飾されたぺルシャ様式の細密装飾がほどこされており、中央の玉座の裏に、目を見張るばかりに豪華な孔雀の像が配置されている。外の光が赤、青のステンドグラスを通して差し込み、薄暗い室内に不思議な光の芸術が繰り広げられている。これも異国趣味あふれたあまりに美しい幻想の世界である。
数時間の滞在の中で、濃厚なロマンチシズムの毒気に当てられ、いささか食傷気味になった我々は、王の城を後にし、南バイエルンの真珠ともいうべき愛らしい村、オーバーアマンガウに向かう。ここは村中の家々の壁にさまざまな童話や寓話をモチーフとした壁画が美しく描かれていることで有名である。こちらは装飾といってもなんともかわいらしい素朴な印象である。気分転換にしばらく街を散策して、カフェに入りコーヒーを注文して高揚した気分を静める。
再び車で西に向かい、夕刻ホーエンシュバンガウに到着。街に入るしばらく前から、道の左遥か前方につらなる山腹の中ほどに、森を背景に浮かぶように建つノイシェバンシュタイン城の白く美しい塔が見えてくる。
今夜はこのノイシェバンシュタインの足元に建つLisl Jagerhouse Hotelに泊まる(ツイン1泊194ドル)。直訳すると狩りの宿となるが、実際は最近リノベーションしたのか、なかなか奇麗なホテルで、部屋の窓から夕方の霞にたたずむ城を望む事が出来る絶好の立地である。部屋もなかなか広く、バスルームも欧州のホテルにしてはかなり大きくて気持ち良い。
夕食前のひととき、ホテルを出て付近を散策しながら、丘の上にそびえるノイシェバンシュタインを見上げると、夕方のひんやりとした空気の中、やや霞がかかって幻想的な姿が浮かび上がっている。美しい城だ。ホテルにもどり夕闇にライトアップで白く浮かび上がるノイシェバンシュタインの塔を眺めながらラムステーキの夕食をたべる。