顧客の囲い込みのためのメカニズムを作る
手塚 これと同じことは、小売業ではポイント制としてやってますよね。デパートやスーパーとかのカードで。携帯電話の「いちねん割引」なにていうのも客の切り替えコストを高くしていますね。他に乗り移るコストを高くしてしまう。これは堂々とした参入障壁です。
運営者 なるほど、マイレージによって客が自分で自分に障壁を作るというパターンですね。
手塚 顧客の囲い込みのためのメカニズムを作って、お客が他に行けないようにする、あるいは競争相手が新規に参入するためのコストを膨大なものにしているわけです。
運営者 他に、先行者利得を狙うということでは、ある商品やサービスを考えたら、最初に膨大な資源投入を行って一気に市場を取ってしまい、独占状態を作って、一応オープンな市場ではあるんだけれどもそこに新規参入しようとする気をなくさせてしまう手というのもありますよね。
結局あとから市場に入るライバルのコストがかなり高いものについてしまうと。「だからスピードが重要だ」ということになるわけですが。
手塚 教科書には「独占状態をつくるためのツールである」とは書いていませんが、「ラーニング・カーブ」(習熟曲線)というのがあるでしょう。
運営者 ボストンコンサルティングが、1960年代にGEなどの工場で研究して発見したセオリーですよね。
手塚 これは製品を量産する分野であればどこでも成り立つ法則だと思います。
新しいモノを作り始める時の生産性は、最初は非常に低い。だけど累積生産量が増えれば増えるほど、習熟して生産性が高くなり、コストが下がるという概念です。有名なところでは半導体とか液晶ディスプレーというのが圧倒的にこの世界ですね。同じ生産ラインで大量生産をやって、歩留まりが非常に重要であるという業態ですから、ライバル企業よりも早く試作品を作り始めて、より速く大量生産をやって、習熟曲線のカーブをいち早く駆け上ってコストを下げるのが有利である。
しかもこういう新しい技術の製品は、最初は希少価値があって高く売れるんです。256kが主流の時に、東芝は1MのDRAMを売り始めたわけですが、東芝は1M
DRAMを他のメーカーの256K DRAMの5倍以上の値段で売ることができたでしょう。記憶容量が4倍になっただけじゃなくて1チップになれば、スピードも早くなるし消費電力も少ないわけですから使う側にとってはプレミアムが付きます。だから最初は高く売れるはずですよね。
1Mだろうが256Mだろうが、本質的な量産コストはそんなに違わないはずです。ただ開発初期はいろいろトラブルや欠陥があって歩留まりが低いという問題がある。つまり始めはコストも高いわけです。そこで他の人たちが入ってこない時にとにかく先行発売し量産体制を整えて歩留まりを上げてしまえば、どんどんコストが下がって、他のライバルが入ってきたころには東芝は値段を下げて売っても儲かるはずなんです。一方後発参入組は習熟曲線のはじめのころでコストが高い。