参入を牽制するメッセージをライバルに伝える
手塚 これに似たようなことはマイクロソフトがよくやっていたものでして、マイクロソフトは新しいOSの発売を2年くらい前に予告していましたよね。それは別に宣伝のためにやっているわけではなくて、マッキントッシュに流れそうになる消費者を、一年かそこらの間ウインドウズにつなぎとめておくためにやっているわけです。この場合はマッキントッシュの動きを牽制することはできなかったかもしれませんが、消費者の流れを変えたわけです。そうやって彼らはゲームの構造を変えようとしたんですね。アナウンスをすることによってコミットメントを行い、相手の動きをけん制するというゲームの理論の応用なんです。
ただしクレディビリティが少ないのは、マイクロソフトの場合、決まって発売が延期されたとかバグの多い中途半端な製品がでてきたということがありますけど。
他にも、例えば1000億円かけて他社より先に半導体工場を建ててしまうと早々に発表するとか、20年間の原料供給契約を結んでしまうとか、そういうことをされると、新規参入する側は「あいつは本気だ」と思いますよね。だから本気と本気がぶつかったら儲からないという性質の競争であれば、衝突は避けようとするのが合理的な判断な方なわけです。
直接相手に「参入するな」と言ったら法律にひっかかるでしょうけど、20年間の原料供給契約の発表というのはそんなことは言ってるわけではありませんよね。だけどそれで十分相手にライバル企業にメッセージが伝わるわけです。
運営者 これまでの日本企業では、それにもかかわらず横並びで破滅的競争をやってきたわけですが、さすがに最近ではそれをやってると死ぬということが、日本企業の経営者にも分かってきたみたいですからね。
手塚 それでこの様なゲームの構造の組み替えを行うためには、ライバル企業の収益構造がどうなっているかを読んで、「どこまでそれを変えれば先方は今とは違う行動のパターンを選択するか」、あるいは「今予想される行動とは違う行動を取ってくるか」ということを考えて、そういう手を打つ必要がある。それが、ライバル企業との間でのシェアを争っている業界の会社であれば、経営のほとんどすべてであるといっても過言ではないでしょう。
与えられた前提のマトリックスの中で、「どちらの戦略が正しいか」などということは、学生でも判断ができることなんです。
運営者 それが、大学生よりも多少はましなこれまでの日本企業の経営陣はどのような考え方をするかというと、「自分たちが持っている資源はこれだけである。しかしこれをもってすれば必ずや、ライバル企業を打ち倒せるに違いない」という判断をしていたんですよね。
手塚 希望的な観測の積み上げにしか過ぎないわけですよ。昔の日本軍みたいに・・。