株主利益を実現する経営チェック体制【2】
手塚 代表取締役名誉相談役 2000.1.18
運営者 日本企業の人事は、社長なり会長なりOBなり、権限規定にない「役員人事権を持っている」と自他共に認めている人が、「そろそろこいつを役員にしてやろうと思うんじゃがどうじゃ」と、有無を言わせず決めてしまうものですが。
手塚 影の実力者ってやつですよね。どこかの政党なんてその典型。オフィサーをチェックする「ノミネーション委員会」ではその部分を、新しいオフィサーの人格、見識、能力について、社外取締役という社長の人事権の及ばない存在の「第三者の立場」で評価するのです。
ノミネーション委員会によって「この人はいくら社長と仲がよくても、上場企業のCFOにはちょっと能力、経験不足だね」という評価が下されたら、その人事案は終わりなわけです。情実人事に対する抑止が働いている。すくなくとも、どうしようもなく能力のない人は、高い地位にはつけないですね。
運営者 日本企業では、性格の悪い奴、他人を蹴落とす能力に長けていて、かつヨイショのうまい奴が出世できるわけですが、それに対する歯止めがあるわけですね。
手塚 ひとえにアメリカの企業は、株主の利益の追求を目的にしてるということで、そのためのチェック体制がしっかりしているということなんでしょうね。
アメリカの経営者は、社内における権限は万能に近い。人事、組織、意思決定、全てできる。ただし、そのプロセスで経営者がやったことが、客観的に見て株主の利益に合致しているか、アメリカのビジネス法規に則っているかについては、強烈な監視が入っているということなんです。
社外取締役だけでなく、労働組合も見てるし、EEOC(雇用機会均等委員会)なんて怖い労働省の下部機関もあって、会社をランダムに選び、個々の女性や黒人マネージャーの昇進をチェックして、管理職登用が少ない場合、マイノリティ差別でなく能力で決定した証拠があるかどうか調べられたりするんです。
だからそうしたマネージャーの選考過程を書面で残しておくことも経営者の義務なのです。「コイツは能力がなかったから昇進できなかった」という客観的証拠を用意しておくのですね。
少なくとも経営者は「法令を遵守すべし」という指示を部下に出した証拠があって、にもかかわらず部下が指示の実行を怠った場合には、それは部下の責任になるわけです。そういうルールがあることを「知らなかった」というのでは、アメリカの会社は経営できません。そこらじゅうに落とし穴があるのですが、それは会社の経営を任されているプロの経営者であれば当然の知識として持っていることなのです。そうした能力、知識があるプロがしかも落とし穴ばかりのリスキーな経営に挑戦しているからこそ、米国の経営者の報酬は高くて当然なんですね。
運営者 なかなかたいへんですね。役員になったら勝ちで、総会屋以外には怖いものはないという日本のカイシャの経営者とは偉い違いだ。緊張感がありますね。
手塚 たとえば、ある会社が大株主となっている子会社との取引があったりしますね。そこに親会社がある契約条件を飲ませようとしたとき、取引によって明らかに子会社側(の他の株主)にメリットがあるということが客観的に証明できるプロセスがなくて、その子会社に人事や取引を押しつけた場合、仮にそれが原因で子会社で損失が発生したなら、親会社の経営者が厳しく責任を問われるということがありますよ。
運営者 日本だと、子会社や関連会社というのは老人ホームのようにして人事を押しつけ、決算を粉飾するための隠れ蓑として便利に使うというのが通り相場ですが……。
手塚 アメリカ企業は子会社とはそういうものであると認識していません。一人でも外部の株主がいる子会社は、完全に独立な企業としてすべての株主に平等に利益責任をもち、大株主だからといって勝手なことができるわけではないのです。
また100%保有している子会社の場合は、もう親会社の一部なのであって、単に小回りの利く組織・人事にして、より効率的に機能を果たせることを理由にして子会社にしているわけで、上下関係ではないのです。まあ日本でも連結決算になれば子会社の非効率性が親会社に跳ね返ってきますからこれからは変わっていくかもしれませんけどね。
アメリカでは元々連結決算ですから、子会社の非効率性を許すという風土はないんです。親会社と同じものとして経営者に権限を与え、地域や事業や分野で独立してスピード経営や顧客密着を行わせるとか、要するに効率性を追求するために子会社にしているだけなわけです。
運営者 今のお話はホールディングカンパニーの発想とは違いますね。
手塚 アメリカでは事業会社ではホールディングカンパニーのような発想はあまりはやっていないんじゃないかなあ。
昔は一つの資本の下にいろんな事業のポートフォリオをつくってシナジー効果を狙って利益を最大化しようとしていましたが、今は株主の方がポートフォリオを勝手につくりますからね。だから株主としては、IBM社に全てのコンピュータビジネスをやってもらいたいわけではなくて、「おたくはハードなり、ソリューションビジネスなりをしっかりやって儲けてね。インターネットはヤフーに投資するから」ということでしょう。
もっとも世界統轄本社のホールディングカンパニーの下に地域別の会社を作るというのは、また別の発想ですが。