問題点 3
人と同じことをやっていれば間違いないという心理
手塚 代表取締役名誉相談役
運営者 じゃあ、問題点1、もうからないのはまず過当競争をやっているということ、問題点2は、コスト削減のかぎである人材が切れないということ。二つ出たんですけれども、これが大体、日本の大企業がもうからない大もとの原因と考えていいんでしょうかね。この他には?
手塚 もう少し定性的な議論をすると、これは質の問題になっちゃうんだけれども、やっぱり一番最初のほうにも少し話したけれども、人と同じことをやる、あるいはリスクをとりたくないという経営者や社員、日本人が共通に持っているこの心理ね、これがやっぱりもうからない大きな理由なんじゃないの。
やっぱりもうけるということは、ユニークなことをやって価値を生むということですよね。そういう人に対して人はよりたくさんのお金を払ってくれるわけだよ。
人と全く同じことをやっていたらば、かけたコスト以上のプレミアムを払ってくれる人というのはあまりいないね。やっぱり「あなたは人のできないことをやっているから、10円でつくったものでも100円で買ってあげましょう」と言って評価するわけでしょう。
ところが、どうも日本の企業は、さっきの過当競争の話になっちゃうんだけれども、ユニークなことをするのを怖がるね。人と同じことをやるのはかなり大胆なことでもやるんだけれども、人と違うことをやることになると突然びくびくしちゃうんだね。
運営者 それはおもしろい。人と同じことというのは、他社のまねをして海外で思い切った企業買収をするとか。
手塚 だれかが映画会社を買ったというと、うちはもっとでかい映画会社を買おうといって出ていったり、そういうことはやるんですよ。けれども、だれもやっていないようなことを個別に、その会社あるいはその経営者だけでやることに関してはすごく慎重になるし、どうしていいかわからないというのがあるんだよね。
だけど、実は人のやらないユニークなことをやるというのが最大利益率を上げる方法なわけですよ。だって、人がやっていないものであったら、前回言ったように10円のものでも100円で売ったって、だれも文句言わないわけだから。ところが10円でつくれるものをみんなが同じようにつくっていたら、最後はやっぱり10円になっちゃうんだね。15円で売っている人が「さあ、もうかった」と思っていても、隣の人が13円で売りますと言い出したら、やっぱり13円になっちゃうわけでしょう。さらにその横の人が「うちは12円で売ってもいいよ」と言ったら、12円になっちゃうわけですよ。
運営者 同じことをやっているということは体力消耗戦になるということなのね。
手塚 そう。だから体力消耗戦というのは今、結果として起きているんだけれども、もともと結果をもたらした原因の部分に、「人と同じことをやっていればいいんだ」という心理があって、それがやっぱり今日の問題をここまで大きくしているんだと思うのよ。
それはさっきのみんなで渡れば怖くない式の話だったんだけれども。これを人と違うことをやるというメンタリティーにしない限り、これはいつまでたってももうからないだろうね。
みんな、新しい製品が出たら、その新しい製品に寄ってたかって、先ほどのセルラーホーンもそうなんだけれども、寄ってたかって競争を始めて、値段はどんどん下がってもうからなくなる。これはかなり問題の本質なんじゃないの。背景にあるのはやっぱり人と違うことをやるというのはもろにリスクがあるわけでしょう。
運営者 そうです。
手塚 成功すれば万々歳だけれども、失敗したらパーですねと。周りから、「何てばかなことをやったんだ」と言われて。
運営者 格好悪いですよ。
手塚 もう袋だたきに遭うわけですよ。
うまくいったときには、日本の場合、何が起きるかというと、今度は羨望、うらやみ、嫉妬。「一人であいつはあんな勝手なことをやってもうけていやがる」。
運営者 けしからんというわけ。もうけてるのに本人は損をしてしまう。
手塚 というのが出てくるわけよ。そうやって、うまくいっても、うまくいかなくても、人と違うことをやっているということに関してはものすごくプレッシャーがかかるわけです。でも、同じことをやっている場合は、映画会社の買収でも、あるいは大型リゾートの開発でも、そういう形では批判されないわけよ。場合によっては、人と同じことをやって失敗すると、だれかが助けてくれちゃったりしてね、日本の場合は。
構造不況業種なんてのはよく言われているけれども、石油業界とかこういうのは結局、人と同じことをやって、どんどんでかい投資をして大きくしていったわけでしょう。あるいはリゾートなんていうのもそうかもしれないけれども、その結果、みんなでだめになってくると、今度は政府が入ってきて、救済措置を講じてくれるんだよね。税金を使って。金融機関への公的資金導入なんていうのはまさにその典型ですよ。
あの中でどれか一社でも全く違うことをやって、一人だけ勝っている会社があったりすると、なかなかこういう救済措置というのはとりにくいんだけれども、全員がだめになったから、税金を投入してみんなを救わなきゃという話になるわけでしょう。 ということは、経営者の立場に立ってみるとすごく安全なんだね。なぜならば、失敗したときでも安全なんだから。
運営者 でも、それじゃ人の尊敬は得られないと思うんですよね、経営者として。
手塚 それどころか、やっぱりもうからないんだよ。
運営者 じゃ、経営者として失格じゃないですか。
手塚 今までよかったのは、それをやっていてももうけられた。逆にそれをやっていたがゆえに、成長のスピードがどんどん加速できたという幸せな環境があったわけですよ。
運営者 これはだれかが設計したシステムなんですか。
手塚 それはやっぱり、日本という国はもともと西洋化して、特に明治維新以後ずっと西洋化と欧風化教育、それから自然科学あるいは技術というものに対する人材の育成というのをやってきて、ある程度、産業国家として十分機能し得るだけの基盤を築いたところで戦争に負けたというのがあるんだよね。
ここでほとんどの生産設備、ほとんどの社会システムを一回チャラにして組み直したわけですよ。
そうすると、普通、発展途上国というのは人材もいないところから発展をしなきゃいけないでしょう。ところが、ついこの前まで戦艦大和をつくるだけの技術を持っていた人たちがいったんチャラになって、「さあ、これから何をつくろうか」と言って、製鉄所をつくったり、大きな造船所をつくったり、あるいはテレビの工場をつくったりというところに資源を全部投入したわけでしょう。
運営者 アメリカから技術援助とかありましたからね。
手塚 学べば理解できるだけの人材がいるところに、当時、世界で最も進んでいる技術を一斉に輸入したわけですよ。もうありとあらゆる産業がアメリカ、ヨーロッパにミッションを派遣して貪欲に勉強したわけだね。
勉強しても理解できない人が勉強したんじゃ時間がかかるんだけれども、もともと理解できる人たちが勉強したわけでしょう。だから日本の戦後の成長というのは猛烈な勢いで伸ばすことができたわけだよ。効率が非常によかった。しかも中でそういう人たちがとにかくテイクチャンスしようとして競ったわけでしょう。これはどんどん加速した。
戦後の復興の最初のころにこのシステムにかかわっていた経営者あるいは社員というのは、きっと確信犯として自分たちが何をやっているかわかっていてやっていたと思うのよ。だけど問題は、それを20年、30年繰り返して、今、50年目だよね。そうするともう3世代、4世代とマネジャーも経営者も変わっているわけだ。もう伸びていくことが当たり前で、人と同じことでもやってさえいれば、いつかは報われるということが当たり前というパラダイムの中に人生を30年、40年過ごしてきた人たちが今の日本の経済だけでなくて社会全体を引っ張っているわけです。
運営者 「世の中こんなもの」と思っていますよね。
手塚 ええ。そうすると、やっぱり人と違うことをやって、気狂っていると言われながらも何か全く新しい価値あるいは富を築こうという人はなかなか出てこないよね。
運営者 困りましたねえ。