解決策 3 安心して会社が辞められる制度をつくれ
手塚 代表取締役名誉相談役
運営者 で、話を元に戻して、企業の淘汰合併をやるには人材が流動化する態勢が整っていないとまずいですよね。この点はどうすりゃいいんですか。
手塚 人材流動化を可能とする人事制度に日本は変えていかなきゃいけない。かなりの企業がそういうことにだんだん気がつき始めていて、すごくゆっくりとなんだけれども、新しい人事制度を導入している会社というのは出てきている。
例えば東芝なんていう会社は、年度契約制なんていう社員を一部の研究者につくっているわけだ。つまり3年間、この研究をやるのに年俸幾らで契約して、3年後にその契約を更新するかどうかはそのとき考えましょうと。今までの長期雇用とは違うんだね。
こういう制度を導入すれば、さっき言った日立で低い給料で縛られているノーベル賞級の研究者が、もしかしたら東芝に倍の給料で引き抜かれたかもしれない。そういうチャンスは出てくるわけでしょう。
それから退職金なんていうのはそもそも、これからは成立しなくなる制度なんだから、そこに退職金で払うべきお金というのはその時々の給料でちゃんと本人にリターンすると。それは選べるようなシステムにするということは必要でしょう。現実にこれどかでやっているんじゃないの。
運営者 松下電器ですね。
手塚 要するに最後まで退職金を積み立てておくのがいいか、それとも毎月毎月の給料に退職金積み立て分も含めて払ったほうがいいのか。これは社員に選ばせているわけね。かなりの若い会社員が今もらったほうがいいと言って、そっちを選んでいるという話があるわけですよ。
運営者 その人数がたしか7割か8割方だというんですよ。会社は信用されていませんね。
手塚 ということだよね。だから社員はそういう長期雇用を前提とした制度が長続きしないというのはわかっている。だけど、人材流動化を可能にする制度をやっている会社はまだごくわずかで、ほかの会社は多分、社員がみんな同じように思っているんだろうけれども、制度がないからできずにいるということはあるんだと思うね。
それから先ほどの住宅ローンなんていうのも会社が金利を補てんする、それで会社が面倒見てあげるなんていうシステムというのもやっぱり廃止しなきゃいけないでしょうね。
それはお互いにとって負担になってくるわけだから。安い金利の住宅ローンが欲しければ、それは公的住宅ローンなんていうのがあるわけだから、そっちのほうの制度を充実させるほうが。
運営者 今、銀行から金借りたって安いですものね。
手塚 それは将来どうなるかわからないけれども。
運営者 やっぱり手塚さん、君交は淡きこと水のごとしですよ。そんなに会社とべったりくっついてやってたら、絶対うまくいかないって。
手塚 そうやって人材が流動化することができるような制度というのをやっぱり組みかえていかないとね。
かなりのところが実は、税制なんかで政策的にいじれる世界なはずだよね。例えば退職金に対する課税が通常の給与所得に対する課税よりも低いから合理的なのであって、全く同じになってしまったら、下手すると退職金をもらった年というのは高額所得者になっちゃうから、もっと税率は上がるわね。となってくると退職金制度というのはやっぱり崩壊しちゃうわけですよ。
今、日本のシステムはそういうことを前提にいろいろ組まれている部分があるから、これを一つ一つ点検して、「人材が安心して会社をやめられる」というとすごく皮肉に聞こえるかもしれないけれども、会社にとっても、個人にとっても、人生一つの職場でずっとやらなければいけないという束縛から解放されるような人事制度に切りかえていかなきゃいけないんでしょうね。
もう一つは、それだけじゃやっぱり不十分で、そうやって解放された人たちがちゃんと新しい職場を見つけることができるメカニズムをつくらなきゃいけない。
これは何かというと、人材のマーケットをつくらなきゃいけないわけでしょう。人材のマーケットをつくるというのは結局、どうやって価格をつけるかという話になるんだけれども、つまりそれぞれ働いている人たちが、自分がどれだけの価値があって、どれだけの値段で売れるかということをそれぞれ認識できるような労働市場というのをつくらなきゃいけない。今、日本の企業の場合には社員の価値というのはわからないようにできているわけですよ。
運営者 だって、だれが何をやったとか、仕事の価値を評価するなんていうことは考えし、情報共有しないですよね、普通。
手塚 一つはそういう組織でも不都合なく動いているというのもあるし、あるいは人事考課というのを基本的にどこの会社も秘密にしていて、どういう基準に基づいてどういう成績がついているかということは、結果としてボーナスが幾ら出たかというようなことでしかわからないのでね。
運営者 評価は隠されているわけですね。
手塚 それぞれの個人にはね。しかも会社に入ってから10年間は、どんなにできるやつでも管理職にはなれないわけですよ。だからほんとうはできると評価されているのかもしれないけれども、本人は10年たって管理職に上がるときに初めて、「ああやっぱり、ある程度は評価されていたんだな」とわかるようになっているわけだ。
運営者 よく耐えられますね。
手塚 それをずっと続けているわけでしょう。最終的に同期で入社した人たちの中から一人か二人、役員に上がって、「ああ、やっぱりこいつが一番できたのか」という話になるんだね。しかも下手すると、できるできないということの価値の尺度がまた違ってきて、仕事ができるからだったのか、あるいはたまたま上の人や社長とのソリがよかったからなったとか、こういうこともいろいろ入ってきちゃうわけだ。
運営者 結局は評価はわからないままなわけですな。
手塚 外のマーケットに対して、一体その人は幾らの価値があるんだ、どれだけの付加価値をもたらすことができるんだということは本人もわからなければ、マーケットもわからない。こういう状況でしょう。こういう人たちを一斉にマーケットに出しちゃったら、これはお互いに当惑しちゃうよね。能力を伏せたまま、値段のついていないものがマーケットに出てきちゃうんだから。
だとすると、やっぱり人材の流動化をするためにはどうやってこういう人間の能力を客観的に市場価値として判断するかというメカニズムを日本でも導入していかないといけないね。
アメリカなんかだと、まずそもそも特にマネジメント業の人たち、ホワイトカラーの人たちは上司との間で毎年、給与更改のネゴシエーションをするわけですよ。日本でいうところのプロ野球の給与更改と同じね。「私は今年、これとこれとこれとこういう仕事をしたから、5万ドルの年俸に値するはずだ」と本人が言うわけ。それに対して会社は、「いや、おまえはこれとこれとこれはよかったけれども、こっちがだめだったから4万8000ドルしかあげられない」と言う。これを毎年、彼らはやるわけですよ。
そうすると何が評価されて、何が評価されないか、自分は何がほんとうに会社にコントリビューションして、何がコントリビューションできなかったかということが本人もわかるし、会社も明示していることになる。
そういうことが本人もわかっていれば、その情報を持って別の会社に行って、「実は私はこの会社で5万ドルもらっていました。なぜならば、去年、これとこれとこれとこれをやったからです」と言えるわけだね。こうやって出しているものに、自分が会社に対してアウトプットしているものを明示できて、なおかつそれが幾らで評価されているかというのがわかるというので、これがあってアメリカの人材マーケットというのは成立している。さらにその中に例えばビジネススクールでMBAを取ったという人は付加価値がついていて、例えば人事制度とか、戦略とか、「こいつが出しているもの以上に裏にはいろいろ力があるに違いない」という付加価値をつけるわけだな。するとさらにプレミアムで2万ドルぐらい乗っかったりする。
人間をきちっと商品価値のあるものとして判断するような客観的な基準というのがアメリカというのはいろいろできているわけね。日本にもそれを導入しないと、さっき言った「安心な失業」、安心して会社を変わることができない。だからみんな移らなくなるという悪循環に陥っちゃう。
ですから、人事制度で業績査定を明確にすること、給料を年功序列、年次でもって決めるのではなくて、それぞれのアウトプットに見合った形で給料を決めるようなシステムに変える。あるいは中途採用とか通年採用なんていうのを始めちゃうと、もともとの年功序列というシステムが崩れるでしょう。現実にそういうことをやっている会社もあるんだけれども、中途採用なんていうのを始めることによって、結果的にそういう社員の価値というのが客観的に見えるようになるというやり方もあるかもしれないね。
日本でも例えば後からマーケットに入ってきているソニーなんていう会社は、人が足りないから大量に中途採用するわけですよ。だって全部新入社員で会社というのを始められないからね。そうすると中途採用を活発にやっている会社というのは当然、最初から年功序列とかで人事管理はできないから、能力主義で給料を決めなきゃいけなくなるね、合理的に。だからソニーなんかの人事制度というのはわりとほかの大手の企業の人事制度と違っているんだけれども、逆に言うと、ほかの大手もソニーのような中途採用制度なんていうのを採用すれば、おのずと人事制度のほうも変わらざるを得なくなるはずですよね。