「人間としての背骨」が曲がってしまっている
織田 聡氏
運営者 一番最初のところに話を戻すと、大企業にいる人間は自分で物事を判断しようとしない、判断することができない、判断する能力を退化させてしまっている。
織田 判断しないことに対する言い訳が立ってしまうわけですよ。
運営者 それがね、その個人としての人間の成長をそこでストップさせてしまっているのですが、その結果として日本人全体が、ビジネスマンとしての非常に基礎的な能力を欠くことになってしまっているわけですな。
織田 欧米、特にアメリカに持っていったら、全くビジネスマンとして勝負にならないでしょうね。
運営者 それが、ビジネスのスキルだけだったらまだましだと思うんですけど、僕は最近はトータルの「人間力」すらも負けているのではないかという気がしてならないんです。
織田 全くそのとおり。人間としての背骨というのかな、文部省は「生きる力」とか言ってますけど、そんないい加減な言葉じゃなくて、ちゃんとひとりの人間として節目節目で自分の志節に背かない判断を下し、自分が生きていけるだけの価値を外に提供できるかどうか、という根本的な力がないですよ。
運営者 社会に価値を提供するということは、まさに自分自身がそれまでの経験で蓄えてきたことを外に出すということだと思うんです。しかもそれは自分のオリジナルでなければ高い価値はないんです。そこまでのものを持つためには、かなりの精神的な鍛錬、あるいは習熟が必要なんですよ
織田 それと投資。
運営者 時間コストを考えたら、ものすごくかかるわけです。
いやもっと効率的に習熟しようと思ったら、学校に行くとか、金銭コストもかかる投資になるわけです。それから古典に親しむということは絶対に必要なことだと思います。で、お互いに高め合っていけるような仲間をつくり、その中からいろんな認識を吸収していくということを永久に続けていかなければならない。それでも負けるかもしれないという話じゃないですか。
まあ、恐ろしく人間力に欠けている。函養しようという社会的圧力すらも失われている。人間力なんて言葉は定義があいまいで、いい加減な言葉だと思いますが、非常に便利なので使わせていただくすると……。
織田 判断力と、さらにその上の段階の決断力。さらにそれを実際に行う実行力も必要だし。突き詰めると人間的魅力と言うことでしょうね。
運営者 さらにそれを続けて行う持続する意思も必要でしょうね。しかし僕はもうひとつ重要な能力として、相手を慮る能力、その想像力が不可欠だと思うんです。
織田 ゴールマンのEQですね。
運営者 実はね、ビジネスにおいても、ネットワークの構築においても、非常に重要な部分を構成する要素として、「自分が提供している情報を、相手がどのように受け取っているか」を想像する力、相手が自分をどう思っているかを認識する力が必要なんだと思うんです。