顧客が見えない、だから価値提供を忘れてしまう
織田 聡氏
運営者 次は、「仕事を通して価値を生む」ということに対する一般的な認識について話したいと思うんです。
織田 大企業にいる人がそれを見失うのは、顧客までの距離が遠すぎるんだと思うんです。銀行にしても渉外をやっていればわかるかもしれないけど。
運営者 銀行の渉外は顧客との距離は近いかもしれないけれど、サービスとしてできる裁量にはかなり限りがあると思うんですけど。
織田 自分でコントロールできる範囲は少ないでしょうね。で、銀行の本部の人間は裁量権はもの凄くいっぱいあるけれど、顧客は全然見えていないわけです。
運営者 見える必要は今まではなかったんでしょう。本部は本部で自分たちの城なわけですから、支店の上に君臨しておればよいという文化だったわけです。
織田 顧客が見えれば、必然的に「自分たちが提供している価値は何なのか」ということが見えてきます。それでいくと都市銀行よりも、心ある信用金庫の方がよほど自分たちのできることできないこと認識していたりしますよ。浜松とか稚内とか。
日本企業は生活保障組織、もしくは面子保証組織になるに従って、顧客との距離を広げていったのではないかと僕は見ています。
運営者 どうして顧客と距離をとる必要があったんでしょうか。
織田 これは僕の考えですが、ポストを保証するためには部長,副部長,部長代理,次長,課長,課長代理,主任,主査,係長と、幾重にもポストを増やしていかないとメンツが維持できないわけです。
運営者 そうすると顧客と折衝するのは末端の仕事になるわけですか。
全く逆のことを聞いたことがありますよ。「ゴッドファーザー」でね、マフィアのボスは捕まらないんですよ。なぜかというと、実際に犯罪の手を下すのは一番の下っ端でして、そこからボスに行くまでに幾重にもタマネギの皮のように間に人がいて、絶対に末端の人間とボスの接点がないから、犯罪を行う意思決定をボスが下したということを証明することができない、だからボスが捕まらないという話なんです。きわめてそれに酷似しているような気がしますね、大企業の組織も。
意思決定者が末端の情報に触れられないようでは、ビジネスに負けるでしょう。
織田 でもなぜそのようなガチガチの固い構造の組織にしているのかというと、その中で分け前を分け合いたいからなんです。だからアウトサイダーは認めない、例えば松井証券のようなアウトサイダーを排除した形で、業界の中での秩序を維持していたんです。
でもお客のほうも「それが当然だ」と思っていた。例えば、ダイエーやローソンが店頭で値引き販売をするまでは、ビールが値引きされる商品だなんてみんな知らなかったわけです。あれは公定価格だと思っていた。あるいは証券会社の手数料というのはダンピングされるものだということは何十年間も誰も知らなかったわけでしょう。
値引きできるということに気がつかなかったという意味ではお客さんも無知だったかもしれませんが、そういった顧客の無知につけ込んで利益を確保し、アウトサイダーを排除していたというのは大罪ですよね。
それから、そうした寡占に入っていけない小さな会社の方も、「何か新しいことをやって大企業に泡を吹かせてやろう」という山っ気もなく、ただおこぼれにあずかっていた。お客も大企業も中小企業もみんな怠慢だったのでしょう。
運営者 そういう習い性の業界秩序の中に大学を出て入ってきた新人のサラリーマンが、「自分が仕事を通して作り出した価値を世の中に提供していって、それにより自分のカイシャが社会の中での存在を大きくしていくのがビジネスの目的である」という動機や認識を持ち得るかというと、極めて疑問ですね。