ビジネスに国境はない、だがビジネスマンには国境がある
織田 聡氏
運営者 工業国という旧パラダイムで考えると、織田さんがさっきおっしゃった話が成り立つんだと思うんです。工業国、あるいは産業化のために重要な能力を考えた上での国家経営とすると、まさにおそらく高度成長を経た今日の日本は、明治維新の時から後、戦争をせずに来た成長カーブと一致するところまで来てるんだと思うんです。
しかしわれわれが議論しなければならないのは、それらの一連の流れの後に来る新しい成長モデル、あるいはビジネスモデルについてなんだと思うんです。そしてそれを活かすことのできる経済社会モデルが構築されなければならない。
織田 世界に50億の人間がいて、その中でも能力のある人間が何百万人かいるわけです。日本人は日本企業に、その有能な人間のうちの何万人かしか活かせない宿命を自ら与えてしまったわけです。日本人しか使えないわけですから。
NECや富士通が外国に研究拠点を持っているのは賢明なことだと思います。日本に外国人の研究者を連れてきたとしても、多分彼らの能力を生かすことができないから。僕は多国籍企業のあり方としてはそれでいいんだと思うんです。本国は本国としてベースはあるけれども、価値を生み出す源泉は世界中どこだっていいと思うんです。ヨハネスブルクでもいいと思うし、ベイルートにあってもいいと思う。
ソニーだと、海外に拠点の経営を現地人に任せてもいいという覚悟ができているけれども、では他の会社にその覚悟があるかというと、ないと思いますね。
運営者 むしろフジテックみたいに本社ごと出ていっちゃうというのがありなんじゃないですか。
織田 でも出ていってアイワみたいに悲惨な目に遭っているケースもあるし。
運営者 アイワは他に生き残る術がなかったのではないでしょうかね。
織田 ミネベアみたいに独自の技術力があって、外国に全部持っていってしまうということができればいいんですけどね。でもあれは、高橋高見という優れた経営者がいたからできたことだと思いますが。
結局、知恵が重要なわけですから、世界のベスト・タレントを使えなければならないわけです。その意味ではやっぱり多国籍企業の歴史の長いヨーロッパ……。
運営者 ABBのマネジメントなんて信じられないレベルのものがあると思いますよ。あとネスレとか。
織田 スイスやオランダは、小国ゆえに多国籍化しなければならなかったわけですね。
運営者 ロイヤル・ダッチ・シェルもそうだし。
運営者 国内市場を有意義に利用するというのがマストですよ。iモードは日本の市場をインキュベーターとして成功したのだから、そこで洗練されてきた競争力やiモードを製造したりコンテンツを作ったりする能力を持つ会社を引き連れて外国に行って、市場を抑えなければならない。
つまり、国内市場はインキュベーターとして、そこから出てくるもので世界の産業と競争するというように、戦略的に活用しなきゃ。そこに不良債権がたまって、どうにもならなくなっているなんてのは大変な罪ですよ。企業は国際的な存在であるなどと言いながら、その企業が一時的に依存している市場が1億2000万人の人口を抱えているということは、われわれはこの市場を利益共同体として考えざるをえないということに間違いないですよね。
織田 その上で「世界の中における自分たち自身の位置を常に考えてくださいね」と声を大にして言いたいと思うんです。別に「国を捨てろ」と言っているわけではないんです。
運営者 国際性を身につけるということと、日本の国内市場を大切にするということは並行して、次元の違う価値として併存できるわけですよね。
織田 経済的にはコスモポリタンだけれども、政治的には愛国者であってほしい。パスツールは第一次世界大戦の時に「科学に国境はない。科学者に国境はある」と言ったそうです。それでいくと、「ビジネスに国境はない、けれどもビジネスマンには国境がある」というところかな。
運営者 そのように両義的に考えて判断をしつつ、その中での自分のポジションを考えてほしいわけですよ。それと同時に追求してほしいのは、自分の人間的な魅力をどのようにして増すかということでしょう。
織田 それは他流試合をする必要があると思うんです。単一の会社共同体の中にいると人格陶冶の機会があまりないんですよ。
運営者 どうしてそうなりますか。
織田 だって出世して人の上に立ったら、全部下の人たちがお膳立てしてくれるし、理不尽な命令もみんな「ご無理ごもっとも」で聞いてくれるからです。