4. 8月11日《ナブッコ》
指揮:ユリアン・コバチェフ
演出:ジャンフランコ・デ・ボジオ
装置:リナルド・オリヴェーリ
ナブッコ:マルコ・ヴラトーニャ
アビガイッレ:ルクレシア・ガルシア
ザッカリア:レイモンド・アチェート
イズマエーレ:ジョルジョ・ベッルージ
フェネーナ:ジェラルディン・ショヴェ
ベロの大司教:ジャンルーカ・ブレーダ
アブダッロ:クリスティアーノ・オリヴェーリ
アンナ:フランチェスカ・ミカレッリ
この日の主役は何と言っても合唱です。冒頭から幕切れまで合唱が活躍するシーンは多く、広い舞台いっぱいにひろがった大合唱団(おそらく150人を超えているでしょう)が夜空のもと、迫力満点の声を響かせるのを聴くのは、このアレーナ・オペラの格別の楽しみといえましょう。なかでも、第3幕第2場の「Va pensiero, sull’ali dorate(ゆけ、わが想いよ、黄金の翼に乗って)」では、お約束のアンコールもやってくれ、堪能いたしました。
ブルガリア生まれドイツ育ちのコバチェフは、カラヤンの薫陶を受け、世界中の歌劇場で経験を積んだベテラン指揮者。2007年に当地で聴いた《ラ・トラヴィアータ》ではやや淡泊な感じもしましたが、この日は「時代もの」らしいメリハリのつけかたで、この曲の持つ壮大なドラマ性を描き出してくれていて不足感はありませんでした。
今回使用されたジャンフランコ・ボジオのプロダクションは、私どもが初めてヴェローナを訪れた1991年の《ナブッコ》(カップッチッリ主演)でも使われていたもので、石造りですり鉢状のアレーナの構造をうまくいかしたオーソドックスな定番演出といえましょう。2000年代に入ってデ・アナやクリーフのモダンな演出も試みられましたが、旧約聖書の物語ですからやはり古代色をいかした舞台が似合います。デ・ボジオは1924年ヴェローナ生まれとのことですから、既に89歳のはずですが、カーテン・コールで矍鑠たる姿を現してくれました。今でもミラノの大学で演技と映像学を教えているのだそうです。
アビガイレを歌ったヴェネズエラ出身のソプラノ、ガルシアは、はじめは鈴を振ったようなレッジェロ系の可愛い美声に聴こえたのですが、張りつめると硬質で強靭な芯があり、十分に強さを表現できる独特の声。そして、何よりも素晴らしいのは、アジリタの切れです。声の敏捷性と鋭角的な表現力は、テオドッシュウよりも上ではないかと感じられます。希少なドランマーティコ・ダジリタといえましょう。丸顔、ずんぐり肥満体の容姿には目をつぶってでも聴きたい逸材です。
題名役のヴラトーニャは、2007年に当地でアモナズロを聴いた時から私が注目していたバリトン。ラ・スペツィアの出身で、2000年デビューですから、おそらくまだ30代と思われますが、メークのせいか老けて見えます。ヴェルディの諸役を歌うのにふさわしい男らしく高音域に輝かしさを持った声です。
第1幕の登場シーンでは、同じ演出で聴いたカップッチッリ、ブルソン、ヌッチに比べると威厳が足りない感じもしましたが、第3幕終わりのアリアでは、前半のしみじみとした味わいと、後半の力強さが十分に表現されており、特に、最後のAsをたくましい胸声のままで1オクターヴ上げて長く伸ばしてみせたところなど、なかなか聴きごたえがありました。
3番目の主役、ザッカリアのアチェートは、アメリカ出身とのこと。風貌、声ともに往時のサミュエル・レイミーを彷彿とさせる偉丈夫で低音の響きが素晴らしい。幕開き冒頭のアリアはあまり声が突き抜けてきませんでしたが、徐々に調子をあげ、第2幕第2場の祈りのシーンは感動的でした。
上記3人に比べるとテノールのベッルーナ、メッゾのショヴェは、もともと準主役という
べき役どころではあるもののやや力不足で、少し物足りなさが残りましたが、全体としては、実にレベルの高い演奏で、このオペラの面白さ、熱気、迫力を満喫できる公演でした。4夜連続で聴いたアレーナ・オペラの中でも最高の気分を味わって最後を締めくくることができました。
この日は、ヴェローナ最後の夜。名残りを惜しんで、ブラ広場のカフェに寄ります。ヴェローナの街が素晴らしいのは、オペラがはねたあとの深夜1時過ぎでも、広場を囲む10数軒のカフェが営業していて存分に余韻を楽しめることです、
もちろん開演前の食事どころにも事欠きません。マッツィーニ通りを始めとする市内の商店街も、ミラノあたりであれば夏休みで閉まってているブランドショップが全て営業状態。街全体がこの音楽祭を盛り上げる雰囲気に満ちているのです。マチェラータあたりの音楽祭のみが営業していて街はお休みという所とは全く違うのです。この雰囲気を味わうのもヴェローナの醍醐味なのです。
翌日、ミラノへ向かう途中、マントヴァ近郊のサッビオネータの街に行ってみたのですが、月曜のため、オリンピコ劇場をはじめとする見所は全てお休みでした。残念。
ミラノでは、30年前、最初のイタリア旅行で泊まったホテル、プリンシペ・ディ・サヴォイアに投宿。リノベートされて当時の面影は殆ど残っていませんでした。
今回特に印象に残ったのは、泊まったホテル全てにスリッパが備えられていたこと。さらにアリタリアでもスリッパが用意されていました。日本式のサービスが世界に浸透しつつある、と実感。うたた感慨にふけったものでした。
帰りの8月13日ミラノ発のアリタリア。すぐ前の席に、サッカーの元日本代表、森本貴幸選手が乗っていました。すぐ後ろの席にいるマネージャーらしき人物が時折やってきて、イタリア語でなにやら話しこんでいます。中田選手もそうでしたが、サッカー選手は、野球選手と違って海外でも通訳に頼らずにやっているようです。
成田に着いてから調べたところ、13日にセリエAのカターニアからJ2の千葉への移籍が発表された、とのこと。搭乗口から入国審査へ向かうコンコースでプレスの腕章を巻いて待っていたカメラマンはひとりだけ。ちょっと寂しい帰国です。近年怪我に泣かされてきたようですが、今年はレンタル移籍していたUAEリーグで復調の兆しを見せていたとのこと。JEFのJ1復帰と彼自身の代表復帰のために活躍してもらいたいと思います。