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2015年ロイヤル・オペラ来日公演《ドン・ジョヴァンニ》

(9月13日NHKホール)

武田雅人


ドン・ジョヴァンニ:イルデブランド・ダルカンジェロ
レポレッロ:アレックス・エスポージト
ドンナ・アンナ:アルビナ・シャギムラトヴァ
騎士長:ライモンド・アチェト
ドン・オッターヴィオ:ローランド・ヴィラソン
ドンナ・エルヴィーラ:ジョイス・ディドナート
ツェルリーナ:ユリア・レージネヴァ
マゼット:マシュー・ローズ

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:カスパー・ホルテン
装置:エス・デヴリン
ビデオデザイン:ルーク・ホールズ
衣裳:アニャ・ヴァン・クラフ
照明:ブルーノ・ポエト
振付:シーニュ・ファブリチウス

《ドン・ジョヴァンニ》は、先月ヴェローナでモンタナーリ指揮、ゼッフィレッリ演出のきわめて刺激的な上演を観たばかりです。ヴェルディのオペラ以外では、私が最も好きなオペラのひとつであり、こうしてすぐに聴き比べができることは、とても楽しみであり、結果的にも非常に満足できる体験でした。
 ヴェローナでは音楽的にステファノ・モンタナーリの指揮がユニークで、フルトヴェングラーの演奏と対極にある明るく軽快そして華やかな点がゼッフィレリの豪華な舞台にマッチする面白さがありました。今回のパッパーノの指揮は、非常にハイレベルではあるものの音楽的にはフルトヴェングラーとモンタナーリの中間といったオーソドックスな演奏でしたが、ホルテンのとんがった演出と噛み合ってモーツァルトの音楽の持つ「哀しみ」の美しさを際立たせていたように思います。

 そこでまず、ロイヤル・オペラの芸術監督でもあるカスパー・ホルテンのプロダクションがどのようなものであったのかを語りたいと思います。
 舞台中央には、二階建て(三階に上がる階段もあるものの見えているのは二階部分まで)の立方体の白い建屋があり、4つの側面は、全面が壁とドアの面、壁がほとんどなくて内部が見える面、二階がバルコニー状になっている面などがあり、場面によって回転する仕掛けになっています。
 各フロアは、中を仕切る壁やドアが場面によって位置を変えるようになっており、ねじれの位置にあるふたつの階段が上下階をつなぎ、人物は上がったり降りたりしながら、すれ違ったり顔を合わせたりといった動きが頻繁に行われます。そしてその白い壁にはプロジェクション・マッピングによって様々な画像が投映されます。

 序曲が始まる時は全面が壁とドアの面が客席の方を向き、建屋の両側も同じような壁につながっているので、まだ上記の建物の構造はわかりません。舞台全体が二階建ての屋敷の側面で占められており、二階のバルコニー状の廊下に面してドアがふたつ見えています。
 最初のアンダンテの不気味な石像のテーマの序奏が終わり軽快なアレグロになるとその屋敷の壁にプロジェクション・マッピングによって大小さまざまの女の名前が次々と筆記体で書きこまれていきます。ドン・ジョヴァンニの女性遍歴にともなってどんどんと埋められていくレポレッロの「カタログ」の帳面であり、壁を埋める落書きのようにも見えます。

 序曲が終わるとともに、女たちの名前は消え、建物2階のバルコニーに面したドアに「Anna」とう文字だけが現れ、そのドアの外にハシゴをかけて昇ってきたレポレッロが「夜も昼もこきつかわれて、休む暇もない。もうまっぴらだ。殿は中でお楽しみだが、あっしは外で見張り番か。」とぶつくさ不平を鳴らす歌を歌います。
 やがてドアが開き、ドン・ジョヴァンニが出てきますが、通常の演出と違って覆面をしたり顔を隠したりせず、追いすがるドンナ・アンナに平気で顔をさらしています。アンナの方も、曲者を捕えようというのではなく「まだ帰っちゃいやよ」と引き留める風情。まるで密会した男女の別れ際。しかも熱を上げているのは女の方といった形です。アンナが実はジョヴァンニに惹かれているという解釈による演出はかなりありますが、ここまで踏み込んだものは珍しいといえましょう。

 その後の展開でも、知らぬはドン・オッターヴィオばかりなり、という感じで、ドンナ・アンナは婚約者の前ではドン・ジョヴァンニに敵対するふりをしているものの、裏では彼にご執心という演技を随所で見せるのです。
 ツェルリーナも同様で、マゼットやドンナ・エルヴィーラの前ではドン・ジョヴァンニを袖にしますが、裏ではこそこそ彼に会おうとします。中が見通せる二階建ての建物の構造が、こうした「裏の動き」を効果的に観客に見せるようになっているのです。
 また、ドンナ・エルヴィーラも、レポレッロが<カタログの歌>を歌っている最中に、裏の階段で再び現れたドン・ジョヴァンニと会っていたりします。

 つまり、通常の演出であれば、アンナは拒絶する女、エルヴィーラは追いすがる女、ツェルリーナは逃げる女で、どれもジョヴァンニの思い通りにならない、という筋書きなのですが、ホルテン演出では、その表の筋書きの裏に女たちの心理が持つ二面性を描き、誰もが実は彼に支配されているように見えるのです。
 一方、ドン・ジョヴァンニ本人はというと、ときおり憂鬱そうに佇み、常に不安に駆られており、それから逃れるために女漁りを繰り返しているように見えます。そのため、三人のヒロインたち以外にも彼の周りには常にヴェールまとった女たちの影が見え隠れしながらまとわりつくのです。
 そして、婚約者や新妻に置いてきぼりを食うドン・オッターヴィオとマゼット。破天荒な主人に愛想をつかしながらも金で釣られてしまうレポレッロ。登場人物たちはすべて、自分の出番以外の場面でも二重らせんのような舞台構造の中をさまよっています。冒頭で殺された騎士長でさえ、石像として再登場する前から亡霊となって時々現れるのです。そして、周囲の建物の壁にはプロジェクション・マッピングにより戯画化された映像が絶えずあらわれ、不安で落ち着かない雰囲気が舞台を支配しています。

 こうした演出により強調されたのが、小林秀雄の引用により有名になったアンリ・ゲオンの「疾走する悲しみ(tristesse allante)」という言葉によって代表されるモーツァルトの音楽が持つ美しさであった、と感じたのは私だけでしょうか。
 ということで、ホルテンの意欲的なプロダクションは、総体としては成功していたと思います。しかしながら、いくつか残念な点がありました。
 ひとつは石像登場の場面。ドン・ジョヴァンニ主従が、騎士長の彫像に出会い、食事に誘うところでは、騎士長の像は石膏の胸像に過ぎず、レポレッロが手に持って頷くしぐさをさせたりするばかりか、最後はドン・ジョヴァンニが地面に投げつけて割ってしまうのです。
 一方で背後では歌手(アチェト)が演じる亡霊としての騎士長も立っており、「S““!(よろしい)」と声を出すのです。何が言いたいのかよくわからないばかりでなく、初めてこのオペラを観る人には劇の展開そのものが理解できないに違いありません。
 さらに晩餐の場面になって、石像が実際にやって来るところ。本来ならいったん室外へ出て行ったエルヴィーラが絶叫しながら戻り、次に様子を見に行かされたレポレッロも絶叫しながら戻るシーン。これもエルヴィーラはドン・ジョヴァンニに向き合いながら突然絶叫を始めるし、レポレッロも同様です。やってきた石像を見て叫んだということが演技で全く表現されないのです。

 そしてドン・ジョヴァンニは地獄に落ちません。このあたり、音楽で語っていることは無視されて舞台は勝手に進行していくような感じで、突然放り出された観客は何が起こっているのかよくわからないままに終幕を迎えてしまうことになります。
 舞台には地獄に落ちたはずのドン・ジョヴァンニがひとり残されています。そしてフィナーレの六重唱は舞台両側の袖に三人ずつが立ち、残された六人が思い思いにこれからのことを歌う前半が思い切りカットされ、<Questo èè il fin di chi fa mal…É(これが悪人の最後だ…É)>で始まる後半のPrestoの部分のみが演奏されて終わってしますのです。

 プログラムの中でホルテンは語っています:
「ドン・ジョヴァンニのような人物にとって究極の罰とはなんだろうかと考えた時、それは孤独ではないでしょうか。(中略)全員が去ってしまうことが彼にとっての究極の罰なのです。私にとっては、舞台でひとり取り残されたドン・ジョヴァンニのほうが、地獄の炎を赤々と示すよりもずっと意味のあることなのです。」しかし、これはあまりにも独りよがりの解釈というべきでしょう。そもそもドン・ジョヴァンニに「究極の罰を与える」という発想が的外れだ、と私には思われます。騎士長に「悔い改めよ!」と迫られながら最後まで「いやだ」と言い続けるドン・ジョヴァンニという「懲りない男」。常識的な人々が恐れる地獄でさえも恐れない、そのあっぱれな悪人ぶりのままで彼は去っていきます。そして、残されたふつうの人々は日常にかえってゆく。そうしたこのオペラの構造を変える必要はなかったと私は思います。ただし、六重唱の結末だけでもやってくれたので、あのすばらしいフィナーレの疾走する弦の響きは耳に残りました。

 演奏面では、やはりダルカンジェロとディドナートが、声や技術的にもすぐれているだけでなく、ニンや演技まで含めて特によかったと思います。
 アンナ役を歌ったのはウズベキスタン出身の若手、シャギムラトヴァ。見た目は少し太め、声そのものも先月同じ役をヴェローナで聴いたエカテリナ・バカノーヴァほどのインパクトはないものの、アンナに思い入れの強い演出の狙いを十全に表現できる演技力、歌唱力を備えた一流の歌手でした。

 ツェルリーナはスーブレット役でありながら女声アンサンブルの中では低音部を受け持つという意外に厄介な役柄。これを歌ったレージネヴァも悪くはありませんでしたが、小柄で丸顔の子供っぽい見かけのわりに声は軽めながらもオトナ系、歌いぶりもコケットでもカマトトでもなく、どのような役のイメージを出そうとしているのかがもうひとつよくわかりません。もっともこれは先述した女の二重性を強調する演出へのとまどいや、ヴィクトリア朝風の衣装のせいもあるのかもしれません。通常は、3人のヒロインの中で彼女だけがやや短いスカートをはくなど、平民の娘であることがひとめでわかる衣装をつけることが多いのですが、今回は童顔のレージネヴァには似合わない白いウェディングドレスであったことも違和感の原因のひとつであるようです。
 ドン・オッターヴィオのヴィラソンは調子の悪い日もあったようですが、この日は問題なし。第二幕のアリア<Il mio tesoro intanto(わが愛する人を、どうか...)>のあの難しい長いフレーズをゆうゆうと余裕をもって一息で歌い切るなど、歌唱技術的にはさすがと思わせました。持前の太い眉毛がつながった少し野暮ったい顔も、前述した演出による「お人よしのお坊ちゃん」という役柄に妙にマッチしていた、と言うのはちょっと気の毒でしょうか。

 欧州の一流歌劇場で実績があり、特にモーツァルトとロッシーニでの活躍がめざましいというエスポージトは演技やレチタティーヴォの歌いまわしにおいて芸達者ぶりをみせていたものの、ブッフォとしては速いパッセージでの滑舌がもうひとつであり、不必要に声を張るなどモーツァルト歌唱の様式感という点でも私には多少の違和感がありました。
 パッパーノは、フォルテピアノを前に置き、レチターティーヴォ・セッコの伴奏を行いながらの指揮。スタイルはヴェローナでのモンタナーリと同じですが、ピアノの名手のわりには右手のオブリガードは多用せず、かなりオーソドックスなセッコでした。全体としての印象も中庸で手堅い感じではあるものの、溌溂として美しい、素晴らしいモーツァルトであったと思います。

 もともとあまり音響がよいとはいえない広いNHKホールでのモーツァルトオペラの公演には懸念もあったのですが、2階席2列目左寄りの席で、オケのバランスもよくソリストの声もよく聞こえました。
 リリコからレッジェロ系の歌手が中心であり、しかも細かい演技が要求される演出で、これだけ声がよく聴こえるのは、なんらかのPA(電気的拡声)による補強が行われていたのかもしれません。もっとも、足音、衣擦れ、呼吸音などは全く聞こえませんから、やっているとしてもきわめて高度な技術を使っているのだと思います。
                                         以上





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