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2006年ボローニャ歌劇場来日公演 《アンドレア・シェニエ》(6月10日東京文化会館)

武田雅人

 主役のホセ・クーラとマリア・グレギーナは、このオペラを歌うテノールとソプラノとしては現役最高の組み合わせといえるでしょう。特にグレギーナについては、テバルディなど過去の録音で聴けるマッダレーナと比べても勝るとも劣らない出来だったと思います。
 重い声が大好きな私にとっては、素晴らしかった今回の3日連続オペラ鑑賞の中でも、最も満足感の深い公演となりました。あまり生演奏に接する機会が多くないオペラですが、歌手に人を得さえすれば、劇場効果の高い美しい音楽に満ちている作品だということがよくわかりました。カルロ・リッツィの指揮も熱気にあふれていました。

 第1幕の<ある日、青空を眺めて>では、クーラの歌唱はあっさりし過ぎていて、デル・モナコやフランコ・コレッリによる過去の名唱のような熱気と粘っこさに欠け、そのような歌い方が現代的な解釈による意図的なものだとしても、ちょっと物足りない感じがしました。しかし、幕が進むにつれて、クーラの歌も熱を帯びてきます。持ち前の重い声を生かして、言葉で戦う英雄的な詩人、という性格を見事に表現できていた、と思います。
 上にも書いたとおり、さらに素晴らしかったのがグレギーナ。第1幕では、軽やかに若い娘らしく飛び跳ねるような身のこなしと、可憐な歌いぶりをみせていたのが、詩人の情熱が乗り移ったかのように恋する女となり、その強さを発揮する最終幕で、ぶ厚いオーケストラを突き抜けるように持ち前の声の力を爆発させるところ、見事なものだったと思います。
 もうひとりの主役、バリトンのカルロ・グエルフィも決して悪い出来ではありませんでした。見せ場のアリア<祖国の敵>は、曲自体がよくできているので、聴衆からは盛んな拍手を受けました。しかしながら、過去のバスティアニーニによる名唱を聴いてしまっている者には、どうしても迫力不足。声の力も他のふたりに比べて少し落ちるだけでなく、ジェラールのあの暗い情念の表出という面でなんとも物足りなくなってしまうのでした。

 ジャンカルロ・デ・モナコの演出がラストシーンで画竜点睛を欠いてしまったのが、なんとも残念です。看守の呼び出しに答え、フルオーケストラをバックに最後の絶唱をしたふたりが固く抱きあい、断頭台に向かう馬車に乗り込む場面は、まさにロマンチックな悲劇にふさわしい印象的な幕切れであるはず。ところが、クーラとグレギーナは抱擁を解き、おのおのが別々に、目の前にある牢の鉄格子にみたてた一辺50cmほどのマス目を攀じ登りはじめるのです。
 アスリート風のクーラはともかくとして、身軽とは思えないグレギーナがロングスカートの裾をさばきながらよっこらしょ、と登る姿にはひやひやさせられます。中ほどまで登ったふたりは、格子から上半身を乗り出し、まるで歌舞伎の幕切れの見得のように両手をひろげて静止したところで幕。昇天するふたりを表しているのでしょうが、歌手にとって無理な努力をさせるわりには、あまりにも稚拙な絵柄。せっかくの感動とカタルシスに水をさすお粗末な演出としかいいようがありません。偉大なテノールだった父マリオ・デル・モナコの七光りでこの世界に生息しているとしか思えないジャンカルロの凡庸な演出には、今までにも何度か付き合わされてきましたが、今回は衰弱した貴族社会を描く第1幕をはじめとして比較的出来がよい、と思っていただけに残念です。

 この日、平土間中央の特等席には、翌日マンリーコを歌うロベルト・アラーニャと前日マリーを歌ったステファニア・ボンファデッリがカップルで姿をみせ、幕前に観客の盛んな拍手を受けました。さらには開幕直前になって、小泉首相も入場。こちらにはさかんな拍手とともに痛烈な「ブー!」も多数浴びせられました。







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