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コンヴィチュニー演出《アイーダ》

(2008年4月19日、オーチャードホール).1

武田雅人

 結論から言うと、確かに従来の伝統的な演出を真っ向から否定するようなプロダクションではあったが、単なる奇をてらったあざといものではなく、スコア・テキスト・作曲の時代背景などを綿密に読み込んだうえで独自の解釈を主張していることはよく理解できる。この作品の解釈の新しい側面に光を当てるものであると言うことはできよう。
 特に、第4幕第2場(最終場面)は意表をつかれると同時に、今まで気づかなかったこの場面の音楽の美しさを再認識させてくれた、という意味で非常に感動的であり、まさに舞台芸術の醍醐味である「カタルシス」を味わうことができた。

 現代は「演出家の時代」であるということはよく言われるが、こうして「コンヴィチュニー演出の」《アイーダ》と銘うたれる公演というのは珍しい。それだけで胡散臭い感じもするのだが、「騙されたと思って」来てみた結果は、音楽的にもレベルの高い演奏で、なかなか面白い体験であった。インドネシアのような「オペラ不毛の地」から帰還したばかりの身にとっては、演出が話題のプロダクションをわざわざ欧州から丸ごと持ってきてしまうという興行が成り立つということに、あらためて感慨をいだいてしまう。
 普通の演出は何度も観ているが、ちょっと変わったものもたまにいいか、と安くない金を払って見に来る物好きがこれだけいるこの国の、マーケットとしての底力は、並大抵のものではない。

 指揮者のヴォルフガング・ボージッチは、初めて聴く人。現在はハノーファーの歌劇場と管弦楽団の音楽監督だそうだが、01年までの26年間、生まれ故郷グラーツ(オーストリア)のオペラハウスで第1指揮者をしていたとのこと。いかにも叩き上げのオペラ指揮者らしい安定感のある指揮ぶりで、東京交響楽団および東京オペラシンガース・栗友会合唱団(副指揮・合唱指揮:大勝秀也)から、豊かな響きと様式感が確かでめりはりの効いた表現を引き出していた。90年から01年まで、グラーツ・オペラで数々の意欲的な演出を行ったコンヴィチュニーのよき理解者なのであろう。そのユニークな作品解釈を十分に表現する技術をもった有能な職人という感じがする。
 主役のアイーダ、ラダメス、アムネリスを歌った3人の歌手も、それぞれ伝統的なヴェルディ歌いと言うにはやや軽めの声ながら、この演出には相応しい歌手がそろえられていたといえよう。とにかく、オペラはまず歌であり、音楽であると考える私としては、まず音楽面の感想を書き記したいのであるが、この公演の場合は、やはり演出者の意図との関連で演奏面も評価するほうがいいようだ。したがって、どのような舞台であったのかを順に紹介しながら、感想を述べる形としたい。

 舞台作りは、演出:ペーター・コンヴィチュニー、美術:ヨルク・コスドルフ、衣装:ミヒャエラ・マイヤー=ミヒナイという布陣である。
 幕があがると、舞台中央に、窓のない白い壁で囲まれた部屋が現れる。部屋は、幅20m奥行10m、高さ7-8mといったところであろうか。プロセニアムより幅も狭く、高さは3分の1もないので、舞台間口の残りの空間は黒い板でおおわれている。出入口は下手にドアがひとつあるだけなので、部屋はまさに行き止まりあるいは袋小路の空間である。芝居は最終幕まで、基本的にはこの閉塞的な室内で進行する。

 従来の《アイーダ》にはつきものの古代エジプトの象形文字に彩られた壮麗な神殿、パピルスなどのエキゾチックな草木が配されたナイルの岸辺、豪華絢爛たる凱旋シーンのスペクタクルといった伝統的な演出にたいする痛烈なアンチテーゼといえよう。室内に登場するのは、主要な登場人物のみで、合唱は舞台奥から声でのみ参加し劇中人物としては登場しない(ただし、第2幕第2場<凱旋シーン>では、密室の奥の壁が開き、副指揮者が指揮する合唱団と補助オーケストラの姿を見せる)。

 バレーは無く、バレー音楽が鳴るシーン、第2幕第1場では、アムネリスがベッドの上で身もだえして自慰にふける様子を暗示し、第2場では王、ランフィス、アムネリスが「祝勝パーティー」での乱痴気騒ぎを繰り広げるのだ。
 その白い密室の中央に赤い布がかけられた3人掛けくらいのソファが置かれ、ランフィスとラダメスが腰かけている。衣装は時代も国籍も不明のものだが、少なくとも古代エジプトを彷彿させるところは全くない、どちらかというと現代的なもの。ラダメスは軍服という特徴もはっきりしない白っぽいシャツとズボン姿、ランフィスは長い上着丈で神官に見えなくもないものを着ている。
 ランフィスがエジプト軍の司令官に関する神託を王に報告すると言って退場すると、有名な<清きアイーダ>のアリアになる。テノールのヤン・ヴァチェックは、今まで腰かけていたソファの上に乗るという若干足元不安定な姿勢をとらされているにもかかわらず、なかなか伸びのある美声で、なめらかに歌う。輝かしさはあるが、明らかにリリコの声で、伝統的な力強いラダメスではない。しかし、この演出においては、ラダメスは、徹底的に矮小化され、幼稚で単純、小心でおよそ英雄的ではない人物として描かれているので、その点では不足はない声であるといえる。武勲をあげ、恋人にいい恰好がしたい、という軍人らしい野心とあこがれは、単純で能天気ではあるが、しかし音楽は美しい。ふわふわと軟らかいソファの上に靴のまま載って歌うという姿は、そのひとりよがりの危うさと滑稽さを表しているのかもしれない。

 やがて入ってくるアムネリスは長いスカート、アイーダはひざ下までのスカートという形で、わずかに身分差を感じさせはするが、どちらも黒っぽいドレスにインナーが白という地味な色彩。アムネリスの方もそれほど豪華な感じはしない。
 3人の緊張関係は、狭い密室の中でいやおうなしに高まる。コンヴィチュニー演出は、反戦、反権力という政治的メッセージを強く打ち出すものだが、同時にこのオペラの主題が三角関係の愛の葛藤にあるということは忘れてはいない。むしろ、たとえば凱旋シーンでも敢えて合唱団を舞台奥の第2のオーケストラボックスに隔離した意図は、ヴェルディの音楽が主役たちの人間的な緊張関係を見事なまでに表現している所に聴衆の意識を集中させたい、ということなのだろう。この場でも、王や廷臣たちは舞台には登場せず、下手のドアの向こう側から声だけで伝令の報告と王によるラダメスの司令官任命が告げられることにより、それを聞く主役たちの表情の変化を見せることに集中される。

 滑稽なのは、ここで司令官任命の旗印としてラダメスに下賜されるのが「象のぬいぐるみ」であることだ。この後ラダメスは、気に入ったオモチャをもらった子供のように、このぬいぐるみを右腕に抱えて離さない。軍人ラダメスの幼稚さを強調する演出である。







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