「アドリアーナ・ルクヴルール」
2月28日(土)20:00~23:10
アドリアーナ:マリア・グレギーナ
マウリツィオ:プラシド・ドミンゴ
ブイヨン公爵夫人:オリガ・ボロディナ
ミショネ:ロベルト・フロンターリ
ブイヨン公爵:ジョン・デル=カルロ
シャズイユ修道院長:バーナード・フィッチ
指揮:マルコ・アルミリアート
再演演出:マーク・ラモス
装置:C.M.クリスティーニ(カミロ・パラヴィチーニ原案)
衣装:レイ・ディッフェン
照明:デュエン・シュラー
振付:セルゲイ・グリツァイ
この作品シーズン最終公演。今シーズンでMET出演40周年を迎えたドミンゴは、40年前にコレッリの代役でこのマウリツィオを歌いMETデビューを飾ったのでした。その時の相手役はレナータ・デバルディ。今回のグレギーナは、そのテバルディに勝るとも劣らない強力な声の持ち主で、恋敵のボロディナも当代随一の重量級メッソ。女声陣ふたりのさや当ては迫力満点でしたが、老練のドミンゴもそれに一歩もひけをとらない声の響きと熱のこもった歌いぶり、ミショネのフロンターリもしみじみとした味わいをみせてくれました。
《トロヴァトーレ》のところでも触れたとおり、当初マウリツィオはアルバレスが歌い、ドミンゴは指揮をする予定だったのですが、リチトラのキャンセルでアルバレスが《トロヴァトーレ》を歌うことになったので、ドミンゴはテノール歌手としてマウリツィオ歌う方に回り、指揮はアルミリアートが担当することになりました。
マルコは、テノールのファビオ・アルミリアートの弟だそうです。私は彼の指揮を聴くのはおそらく初めてだと思いますが、98年からMETで振っているということですから、既に若手というよりも中堅指揮者といえるでしょう。これだけ大物歌手が揃った公演では伴奏屋になりがちなところですが、オーケストラパートも雄弁に情感豊かにチレアの音楽の美しさを歌いあげてひけをとりません。結果的にはドミンゴが指揮するよりもずっと公演の質を高めたことになったのではないかと思います。
そのドミンゴは、一部音を下げて歌いやすくしているところもあったそうですが、前述したとおり、現役最強の重量級女声歌手ふたりを向こうに回して、声量でも決してひけをとらず、しかも円熟しきった表現力を見せつけていました。特に、最後のアドリアーナが死ぬ場面での万感の思いがこもった悲痛な叫びは、彼ならではのものです。その円熟しきった貫禄は、とても青年貴族には見えないものですが、ポーランドの王位を狙うサクソニー伯爵という役柄は必ずしも青年である必要はないかもしれません。ふたりの美女に慕われるチョイワルオヤジだと思ってみていれば、それなりに説得力のある舞台でした。
グレギーナは、パワフルな声を全開させるだけでなく、昔NHKイタリアオペラで来日したモンセラート・カバリエほどではないにしても、ピアニシモの線の美しさも十分にコントロール、芝居のセリフを朗唱する場面のディクションも確かで、堂々たるプリマドンナぶりでした。私は、前述した76年のカバリエをはじめとして、今までにフレーニ、デッシーらのアドリアーナを聴いていますが、カバリエに次ぐ名唱であったと思います。
そうして、そのライバル役のボロディナもまた、76年のNHKオペラで圧倒的な存在感をみせたフィオレンツァ・コッソットに匹敵する演奏でした。スリリングな彼女たちの恋の鞘当てを聴くのは、まさに人間に肉声の極限を聴く喜びに満ちた体験であったといえます。
なお、余談ですが、プログラムの末尾にドミンゴのインタビュー記事が出ていました。それによると、今年3月15日に行われるMET125周年記念ガラコンサートで、ドミンゴはなんとバリトンのシモン・ボッカネグラの役を歌うとのこと。《シモン》はドミンゴが愛してやまないオペラなのだそうで、来シーズンはそのタイトルロールに挑戦したいとも言っているのです。ガラでの余興でやるならまだしも、本職のバリトンでもやれる人が限られるこの役に68歳のテノールが挑戦するというのはあまりにも無謀というべきで、晩節を汚すということにならなければよいが、と思わずにはいられません。