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2010年夏ヴェローナ観劇記 ウルビーノ

武田雅人

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北イタリア城めぐり(あるいは北イタリア・ドライブ事情)

ウルビーノ

 今回のイタリア旅行は、8月7日から、ミラノ、ウルビーノ、ボローニャ、で各1泊した後、ヴェローナに入って4泊、8月15日にミラノに戻って帰国の途につきました。後半はいつものとおりオペラ三昧でしたが、今年のもうひとつのテーマが「北イタリア城めぐり」。
 「ロレンツォ・デ・メディチ暗殺—中世イタリア史を覆す『モンテフェルトロの陰謀』」(マルチェロ・シモネッタ著・熊井ひろみ訳/早川書房)という本を読んで、15世紀最強の傭兵隊長にして屈指の芸術パトロンであり、ルネサンス文化興隆の立役者として知られるフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ(1422〜1482)の居城がある「マルケの宝石」といわれる町、ウルビーノに行ってみたくなったのです。
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 この本の表紙にもなっている上記の絵は、ウフィッツィ美術館が所蔵するピエロ・デッラ・フランチェスカの有名な絵で、フェデリーコ公は、槍の試合で右目を失っていたため、左側の横顔しか描かせなかったとか。百戦して負けたことがない名将として知られていますが、鼻の形が不自然なのは、右手から来る敵を見やすくするために、自ら鼻の上部を削り取ったという物凄い伝説も残っています。そんなことすらやりかねない強い意志の感じられる顔であることは確かですね。
そして、彼が作った城が下の写真です。(私が自分で撮ったものです。)
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 左側が谷をはさんだ向かい側の丘から撮った写真で、その谷の下から見上げると右のようになります。
 ウルビーノのような町になると、たとえばミシュランの緑のガイドブックでも、上記のパラッツォ・ドゥカーレ(公爵宮殿)のような見所の解説は載っていますが、詳しい地図までは載っていないので、街がどのような構造になっているのか、よくわからず、上のような撮影ポイントを探すのにも多少まごつきました。

 グーグル・マップで調べてはおきましたが、このような丘の街になると結構厄介な高低差が平面図ではわからないし、一方通行や、市外の車ははいれない旧市街の範囲なども載ってはいないのです。後で調べてみると、今回持参しなかった赤ミシュランには一応ウルビーノ市外の地図が掲載されていました。欧州の車での旅行には、やはり、一方通行や駐車場が記載された都市地図が豊富な赤のミシュランが便利なようです。

 話を少し戻しましょう。8月7日の夕刻、JALの直行便でミラノ・マルペンサ空港に到着すると、荷物を積んだカートを押して、到着ロビーから、駐車場や鉄道の駅とつながっている地下1階までエレベーターで移動します。第1ターミナルのエレベーターは1箇所4基のみで、しかも動作が遅く、いつもカートの客であふれていて閉口します。
 レンタカー置き場は、以前は専用の屋内駐車場にあったのですが、昨年からその建物が工事中で、いったん建物を出て、暑い陽射しのもと、カートを押して屋外の駐車場まで行かなければなりません。工事中の仮の措置で、Hertz No.1Clubのカウンターもトレーラーハウスのような仮設小屋で営業しています。1年たっているので、今年は以前のような快適な屋内に戻っているものと思っていたら、まだ工事中なのには驚きます。

 昨年は、オートマチック指定で予約を入れていたミッド・サイズの車がなぜかマニュアル車しかなく、結果として、しかたなく、コンパクトサイズのメルデスA160を借りたのですが、これが、道が狭いイタリアの古い市街地での使い勝手がよく、しかも車内は意外に広くて高速性能も悪くない。そこで、今年は最初からA160を指定しました。ところが、今度は、ミッドサイズのアウディA4の新車にアップグレードになりました。どうも、イタリアの場合、オートマ車の在庫が限られていて、指定したクラスに関係なく、その時ある車を貸し出す、ということがあるようです。
 昨年は、結局、コンパクトカーでミッドサイズのレンタル料を取られたような気がするのですが、今年は逆に、コンパクトの料金で、ミッドサイズの車を借りることができました。昨年、ミッドサイズのレンタル料を取られたというのは私の思い過ごしかもしれませんが、ユーロ安のおかげで、クレジットカードから引き落とされた金額の絶対値がかなり低くなったのは確かです。保険をフルでつけ、2L(1.8L?)のアウディを9日間借りて、総額9万円を切るというのは、日本のレンタカーと比べるとかなり安い、といえましょう。
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 なお、日本のレンタカーのようにカーナビは標準装備、ということは欧米ではありえません。HertzのEasyfinder(NeverLost)というカーナビのセットを別料金で借りて、自分でセット(フロントガラスに吸盤でくっつけ、シガレット電源につなぐ)します。これがかなりの優れもので、日本のカーナビのように「目的地周辺です」といって案内を終了してしまうのではなく、番地までインプットしておくと、かなり正確に目的の建物の前まで行くことができます。日本語も対応していますが、翻訳に少し違和感があるので、英語版を使いました。日本のカーナビと同じように、ポイントとなる交差点などのかなり手前で、「右側の車線をキープしてください」といった指示を、おネエさんが言ってくれます。ただし、アメリカ製なので距離をマイルで言う点が玉に瑕といえましょうか。高速道路を「Motorway」、分岐を「Fork」と呼ぶなど、使う言葉はイギリス式です。

 マルペンサ空港からミラノ市内までは約50km。何度も走った道なので、カーナビにたよる必要もないのですが、市内に入ってからは、やはりカーナビがあると便利です。ミラノの街は似たような建物が多く、ドゥオモ(大聖堂)がある街の中心から道路が放射状(蜘蛛の巣状)に広がっているので、方向感覚が狂いやすいのです。通りの名前も、標識で表示されているわけではなく、目立たない小さなプレートが建物の壁に貼り付けてある場合が多いので、車の中からはよく見えないのです。

 ただし、逆説的ですが、カーナビのおネエさんの言うとおりに車を走らせていると、ますます自分がどこを走っているのだか、わからなくなりますね。地図をたよりに自分で考えて走る方が、スリルもありますが、その土地や街の構造は頭にはいります。なお、ミラノや、ボローニャでは工事中で通行止めになっていたり、一方通行の指定が変わっていたりで、カーナビの指示通りに走れない箇所がありました。そんな時、カーナビは、しばらく考えこんでルートの再計算を始めるのがなかなか健気で、かわいくなります。

 私は、走行距離でいえばアメリカでの運転経験の方が日本国内よりも長いので、右側通行には違和感はないのですが、イタリアの道路は、交通標識はほとんど日本やアメリカと同じであるにもかかわらず、車で走る感覚はかなり異なります。
 一言でいって、楽しい。ドライバーのマナーは必ずしも良いとはいえないのですが、運転がうまい人が多いので、こちらがイライラさせられたり、危ない思いをすることは、あまりありませんし、道そのものが美しかったり、快適であることが多いような気がします。

 いまだに石畳の道が多い都市の街路も風情がありますが、田舎道を走るのは、格別の気持ちよさがあります。特に、丘陵が多いトスカーナやマルケの田園地帯は格別です。今回もペーザロの近くで高速を降り、ウルビーノへいたる道、そしてそのウルビーノからグラダーラへいたる道のマルケ州の丘陵地帯の風景は美しく、楽しいものでした。丘の上にさしかかると、景色がひらけ、青空の下、ところどころ糸杉や松の木立に区切られた緑や茶色の畑がゆるやかにうねっているのが見渡せます。畑は、とうもろこし、小麦、ひまわり、牧草、ぶどう、その他の果樹など、さまざまなものがあるようです。

 道は、集落の中やカーブの多いところでは制限速度が50キロに落ちますが、普通は70キロ、直線や見わたしのよい所では一般道であっても90キロになります。車が少ないので、それでも事故の心配はほとんどないと言っていいでしょう。日本のように一般道は一律60キロ以下というのはナンセンスだと思います。
 信号はほとんどなく、交差点は、ラウンダバウト(ロータリー)になっているケースが非常に多い。これが、慣れるまでは少々まごつきます。
 ラウンダバウトに進入する時は、いったん停止ないし徐行、右側通行ですから、左側から来る車を優先した上で、中にはいり、時計周りに周ります。それはいいのですが、回っているうちに方向感覚がわからなくなることがあります。今まで走ってきた道からみると事実上「直進」、「右折」、「左折」のどの方向の道をとるにしても、いったん右折して円に入り、もう一度右折して円から出るという操作は同じであるわけです。二つの道が交差しているだけの事実上は4つ角の場合はまだいいのですが、放射状に道がたくさん交わっているときは、出口に標識がないとかなり紛らわしいことになります。

 カーナビのおネエさんが「Take the second exit of the roundabout」というふうに指示してくれるのですが、この「2番目」という数に入らない細い道がラウンダバウトに合流したりしているケースもあったりするのです。また、周回道路が2車線以上ある大きなランダバウトで、ヘタに内側の円に入ってしまうと、中にいる車優先といっても、右手の外側からどんどん車が入ってくるので、自分が出たい出口に右折するきっかけがうまくつかめない、ということも起こりえます。ラウンダバウトは交通量が少ないときには非常にいいシステムですが、車が多いと、かなり神経を使うことになります。

 ウルビーノの話に戻りましょう。この地のパラッツォ・ドゥカーレ(公爵宮殿)は、フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロが、15世紀の中頃にダルマチア(クロアチアの1地方)出身の建築家ルチアーノ・ラウラーノに命じて1444年に建造を開始、シェナ人フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニによって1472年に完成された、とのこと。
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 谷に面した正面の巨大なファサードは、中央に多層のロッジャ(バルコニー)が張り出し、両側に円筒形の塔が付設されている特長的な作りです。有名なフェデリーコ公の書斎もこのファサードの内側にあります。現在の宮殿の入り口は、反対側の丘の上、街の中心部の広場の側にあります。その入り口から切符を買って中に入ると、初期ルネッサンス建築の傑作といわれる中庭に出ます。そこから2階(イタリア式では1階)に上がり、広大な城の中をめぐります。各室には多くの絵画が展示されていて、美術館を兼ねています。
 マントヴァのパラッツォ・ドゥカーレや、ヴェローナのカステッロ・ヴェッキオにも絵画が展示してあります。古城の建築そのものと、ルネッサンス絵画の両方を楽しめるのはお得ですが、画題は圧倒的に宗教的なものが多く、聖母子像や受胎告知などは、罰当たりな言い方になりますが、ゲップが出るほど見ることになります。
 イタリア人って、ほんとうにマリア様が好きなんですね。ウルビーノの宮殿で見られる重要な作品としては、ピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの鞭打ち」、「理想都市」(作者がはっきり定まってはいない)、パオロ・ウッチェッロの「冒涜された聖体」、オラツィオ・ジェンティレスキの「聖母子とローマの聖フランチェスカ」、ウルビーノ生まれのフェデリコ・バロッチの「無原罪のお宿り」、「サン・シモーネのマドンナ」、「聖フランチェスコの聖痕拝受」などの諸作品、そしてバロッチの大先輩、当地生まれの巨匠ラファエッロの「貴婦人の肖像(ラ・ムータ)」など。

 このうち、美術的価値もさりながら、画題として興味深いのが絵巻物のような連作形式となっている「冒涜された聖体」です。
 聖体(イタリア語でostia、英語でhost)とは、ミサで聖別されたパンのことですが、第1の絵では、それをある女がユダヤ人の質屋に持ってきて、質草の衣服を受けだす代わりに差し出しています。質屋がそれをかまどにくべて焼こうとすると、パンから血が噴き出します(第2の絵)。家の外では、人々が武器をもって騒いでいます。
 第3の絵は3重冠をいただいた教皇が祭壇に向かって祈っているところ。奇跡が起こったので、ローマ教皇が介入したことを表します。第4の絵では、聖体をユダヤ商人に渡した女が首に縄をかけてられ今しも木に吊るされるところ。空からは刑の執行を天使が見守っています。
 第5の絵ではユダヤ商人が一緒にパンを食べようとした家族もろとも火焙りの刑に処せられているところ。最終場面(第6の絵)は、絞首刑になった女の死体を天使と悪魔が取り合っているところで終わります。
 素朴な信徒のために、聖餐式(ミサ)がいかに重要でありかということと、罰当たりな行為をいましめる目的で書かれたものなのでしょうが、中世の魔女狩りやユダヤ人迫害の歴史につながる当時の人々の意識、社会的通念が見てとれるとともに、私どものような異教徒から見ると、一神教の非寛容性を垣間見るようで、慄然とせざるを得ません。
 小さな子供をふくめたユダヤ人の一家4人が1本の木に括り付けて焼かれている(まさにホロコースト)様子が「正しい行為」として描かれているのです。宗教的な禁忌に触れた異教徒をこのように激しく断罪することを当然とする感覚が中世にはあった、そうして今もあるかもしれない(特にアメリカ南部の草の根保守やアラビア半島のイスラム保守派などに)ということを、多神教の民としては心しておく必要があるでしょう。

 凄まじい聖人の殉教シーンも結構あります。乳房を鋏で切り取られる聖アガタ、鉄網の上で焼かれる聖ヴィンチェンゾ(ウィンケンティウス)、同じく聖ロレンゾ(ラウレンティウス)、矢に射抜かれる聖セバスティアーノ(セバスティアヌス)などなど。信仰心の強さを教えるという名目なのでしょうが、迫真の残虐シーンは、制約の多い時代における画家の強い表現意欲の発露の機会であったのかもしれません。
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 フェデリーコ公の有名な書斎(ストゥディオーロ)は、谷間に面した公爵居住区の一角にあり、6畳程度の小さな部屋です。壁の下部は寄木細工で「だまし絵」が描かれており、棚の扉が開いて中に積まれた本や器具類が見えてかのように見える仕掛けです。
 棚の間のニッチ(壁がん)には、サンドロ・ボッティチェッリによる神学上の美徳たちが描かれています。上部の壁には、28人の著名人の肖像が掲げられていましたが、現在は写真の複製が貼られています。原画は1632年にとりはずされ、現在ルーブル美術館にあるとか。そういえば、ウンブリア州グッビオのパラッツォ・ドゥカーレにあったもうひとつのフェデリーコ公の書斎は、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に本物が展示され、グッビオには複製が置かれているのだとか。
 なお、公爵の寝室などの私的居住区への入り口のドア群にも、寄木細工のだまし絵が描かれています。一番大きな「天使の間」では大暖炉やドアの上は、トスカーナの彫刻家ドメニコ・ロッセッリによる天使像などの彩色された漆喰細工の装飾で美しく彩られています。

グラダーラ

 ウルビーノは、イタリア半島を長靴の形に例えるとふくらはぎの上の方、アドリア海に面するペーザロ(ロッシーニの生地)から南西の山の中へ20kmほど入ったところにあります。ペーザロからアドリア海沿いに北西へ20kmほど行くとリミニ。中世には暴君で知られるマラテスタ家が君臨していた街です。
 古代ローマのフラミニア街道の終点であり、ピアチェンツァへ至るエミリア街道の起点でもある要衝の地で、町の少し北にカエサルの「賽は投げられた」で有名なルビコーネ川が流れています。そのペーザロとリミニの間、マルケ州とエミリア・ロマーニャ州の境近くにグラダーラの街があります。城壁に囲まれた丘の上の小さな街で、ロッカと呼ばれる小ぶりの城砦が残っています。ダンテの神曲にも出てくるフランチェスカ・ダ・リミニの悲劇はここで起きたとされています。
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 隣国ラヴェンナの領主グイド・ダ・ポレンタの娘だったフランチェスカは、リミニの領主ジャンニ・マラテスタと政略結婚させられます。ジャンニは勇猛な君主でしたが、足が悪く容貌も醜かったので、グイドは一計を案じ、ジャンニのハンサムな弟、パオロを代理人として結婚式を挙げてしまいます。
 兄嫁と義理の弟は恋に落ち、密会するところを、兄に見つかり成敗されてしまったのです。ダンテの神曲地獄編第5曲でフランチェスカの亡霊が語ります:「騎士ランスロットの物語をふたりで読むうちに、視線がからみあい、恋人たちが接吻するシーンでついにあの人が、私の口に接吻しました。その日私どもはもう先を読みませんでした。」
 この物語は、アングルの絵やロダンの彫刻(有名な「接吻」の原題は「フランチェスカ・ダ・リミニ」なのです)にもなっていますが、音楽の世界では、チャイコフスキーが幻想曲、ラフマニノフがオペラに作曲するなど、どうもロシア人に好まれているようです。
 城内には、もうひとりのオペラにもなっているルネッサンスのヒロイン、ルクレチア・ボルジアゆかりの絵なども展示されています。ルクレチアの最初の夫は、ペーザロの伯爵ジョヴァンニ・スフォルツァ。当時、グラダーラの城はマラテスタ家からスフォルツァ家の手に移っていました。
 とにかく、街全体に城壁をめぐらし、その一角にさらに掘割をめぐらせた城塞がある、という中世の都市の結構を非常にコンパクトにそのまま残した美しい町です。穴場の観光スポットといえるかもしれません。







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