運営者 池原さんは、このたび、『メトロポリタン・オペラのすべて 名門歌劇場の世界戦略』という本を上梓されました。
拝読しての感想ですが、だいたい「○○のすべて」などというタイトルは、できない編集者がつけるタイトルであって、「すべて」が書いてあったためしはないものです。ところがこの本にはちゃんとメトロポリタン・オペラの音楽作りや、マネジメントが網羅的に書いてあって、タイトルに恥ずかしくない内容になっていると思いました。これはとても珍しいことだといえるでしょう。
よくこれだけ多面的に捉えられましたね、取材が大変だったでしょう。
池原 そうですね、この本の取材は、ピーター・ゲルブ総裁に会って彼の新しいビジョンを聞くところからスタートしました。まずそれを聞いてからMETの中をのぞいてみようと思ったもので。
いろいろ資料を読んで、インタビュー対象者を決めて広報の人にセットしてもらったのですが、数十人インタビューしました。まず各部門の部門長の人に話を聞いて、それからメンバーの人に細かい話を聞いていくと、「なるほど! こうなっているのか−」という仕組みがわかる発見のプロセスでとても面白かったです。
話を聞いても財務担当者や。ショップ担当の人の話は落としてしまいましたが(笑)。
運営者 池原さんは、今や日本人で一番METに詳しい人だと思うのですが、どういうきっかけでこの本を書こうと、思ったんですか?
池原 いろんなオペラハウスに行って、バックステージツアーに参加したり、リハーサルを見ていたりすると面白いじゃないですか。「METの日本公演もあるし、舞台裏を紹介できれば面白いかな」と思ったのがきっかけです。
私は地元がワシントンで、ドミンゴが総裁だったワシントンオペラは、METに出る歌手が先に出ているケースも多いのですが。やっぱりMETのほうが知名度もありますし。 ホントはね、ひとつの新プロダクションを作っていく過程も追いたいと思って、それをロベール・ルパージュの演出する新しいニーベルングの指輪でやりたいと思ってたんです。ピーター・ゲルブ総裁も「取材していいよ」と言っていたんですが……。
運営者 それ、いいですねえ。
池原 まあそれを書けなかったのが一つだけ残念な点ではあるのですが、舞台裏のオペレーションをじっくり描くことができました。
運営者 なるほど、確かに普通の観客は、劇場の座席に座って、幕が開いて歌手が歌って、幕が下りるまでしか見ないわけで、舞台裏のことはあまり知りませんからね。
池原 それが最近は、映画館でやっているMETのライブビューイングの幕間で裏方さんの紹介もしていますよね。どうやってオペラが作られているのかに興味がある人は、裏舞台に対する関心があると思うんです。
私は、あの幕合のインタビューとか、セット交換の風景が好きなんです。
運営者 えー、ぼくはライブビューイングに行っても、幕間は外に出てしまう人間なのですが、この前METの日本公演のゲネプロを見て「これは面白いな」と。どのように舞台が作られていくのかを知ると知らないとでは、全然違いますね。
池原 わたしたちは完成された舞台を見て、「あの歌手がよくなかったとか、あの演出がおかしいとか」いろいろ文句を言うわけですが……。
運営者 そうそう、それがまた楽しいわけで。
池原 だけどその裏ではいろんな人たちがそれぞれベストを尽くしてやってるんだなということが、取材してわかって、とても面白かったです。1シーズン、9月から5月まで28あまりの作品を日曜を除いて連日、土曜はマチネーと夜と2回とオペラを上演している巨大な組織なわけですから。