運営者 それでメトロポリタン・オペラは、ヨーロッパも含めて、他のオペラ座に比べて格段に上演回数が多くて、規模も大きいし、ライブビューイングのような新しい試みもどんどんやっていて非常に大きなカンパニーなわけですが、しかもそれでいて非常に高い水準のパフォーマンスを実現しているわけです。
そこで池原さんがこのメトロポリタン・オペラを裏側から見てみて、彼らが高い水準のパフォーマンスを維持するために、一番必要な要素というのは何なのか、そこのところお伺いたいのですが。
池原 やっぱりオペラハウスですから、一番大切なのはスター歌手を集めること、これに尽きると思うんです。
結局、ある程度オペラに通っているお客さんは、お目当ての歌手を見に行くわけじゃないですか。でも、スター性のある歌手はそんなにたくさんいるわけでない。METはそういうスター歌手を確保して、出演してもらえるように努力しています。これが水準の高さにつながっていると思いますね。
運営者 そのためにMETはどういうことをしているんですか?
池原 歌手の人たちに話を聞いてみてわかったのは、彼らにとって成功のステータスというのは、ヨーロッパであればスカラ座に出演することであり、その次にアメリカのMETに出演することであるという明確な意識があるみたいなんです。METデビューは彼らにとっての夢なんです。
ですからスカラ座とMETが二大オペラハウスなんです。
運営者 そうでしょうねぇ。
池原 だから、ヨーロッパで活躍している歌手がMETにデビューして、実力があれば、その後もどんどん主役を与えられていくわけですが、METはスターの希望を聞いて新演出の作品を作ってあげるといったことまでしているみたいです。
運営者 歌手のリクエストに応えて演目を作ってしまうと。
池原 この歌手が「この演目をやりたい」と言わなかったら、こんなの絶対やらないだろうな」という演目がありますからね。フアン・ディエゴ・フローレスの《オリー伯爵》や、ルネ・フレミングの《アルミーダ》や《ロデリンダ》とか《海賊》とか、マルチェッロ・ジョルダーニがやりたかった《ベンヴェヌート・チェッリーニ》とか。
運営者 歌手の希望を聞いてあげるんだ。
池原 その一方で、スター歌手が降りてしまった場合の、バックアップの人たちも、充実していてある程度の水準を保つことができる態勢になっています。例えばこの春、わたしが《トスカ》を見に行ったときに、ジェームス・モリスが不調で最後の日は降りちゃったんですけれど……。
運営者 スカルピアですね。
池原 だけどその時たまたま 《ワルキューレ》のリハーサル中でブリン・ターフェルがいたんですよね。それで彼がスカルピアをやったので、かえってよかったのではないかなと(笑)。
運営者 いいなあ。
池原 もちろん代役として控えている人もいるんだけど、それなりのスター歌手がいますからカバーしてくれることもあるわけです。
今回の日本公演でも、突然アンナ・ネトレプコが降板しても、《ドン・カルロ》のエリザベッタを歌うはずだったフリットリが《ラ・ボエーム》のミミにまわって、ヨーロッパでコンサート出演があるはずだったマリーナ・ポプラフスカヤにキャンセルをお願いして日本でエリザベッタをやってもらったわけです。ゲルブ総裁自身がコンサートの主催者にお願いしたようです。
今回の《ランメルモールのルチア》のジョセフ・カレーヤもドタキャンしたけど、ロランド・ヴィラゾンが一日だけ日本に飛んでくるとか、カレーヤがやるはずだった《ラ・ボエーム》のロドルフォ役のためにアルゼンチンで休暇中だったマルセロ・アルバレスが呼び出されてやってくるとか、そういうネットワークがしっかりしてるのと、普段から彼らをスターとして待遇しているので、水準の高さが維持できているわけです。