運営者 それ以外の要素としては、何がありますか?
池原 歌唱をサポートするシステムがしっかりしています。新しい役をやる場合は、歌のコーチがしっかりつきますし、それぞれの言語について発音のコーチもそれぞれいますし。歌手自身のコーチもいますが、さらにそれが補足されるわけです。
運営者 すべて声楽を勉強した、経験のある発音コーチがそろっているのだそうですね。さすがにサンスクリット語だけはコロンビア大学の先生を連れてきたみたいですが。
池原 それ以外はMETお抱えの人たちがちゃんといてディクションのコーチをしてくれます。
それから、ヤングアーチスト育成プログラムというのがあって、これに受かれば2年間、生活の心配をすることなく、METで端役をもらいながら勉強できます。声楽のコーチにもつけるし、演技も含めジュリアードのいろんなクラスも聴講できるし。
この出身者はすごくて、今回来日したマリウシュ・クヴィエチェンなんか、次のシーズンの新演出の《ドン・ジョバンニ》の主役をもらっています。
運営者 国立劇場でやっているようなやつですね。
池原 そうです、各オペラ・カンパニーでやっているのですが、METであればMETに出演しながら学べますから、伸びる人が多いですよね。ライブビューイングでやった《イル・トロヴァトーレ》で主役レオノーラを演じたソンドラ・ラドヴァノフスキーとか。
それ以外に、オーディション制度があります。
運営者 すごい倍率なんですね。
池原 METだから凄く競争率は高いです。「ザ・オーディション」という映画が日本でも公開されたので、見た方もいると思います。世界中から人が集まりますから、ここで優勝するとそのジェネレーションで一番優秀ということになります。
なぜかこれ、日本人の参加者が少ないです。韓国人や中国人ばかりで。
運営者 韓国や中国は、専門教育機関がないですから、まっすぐヨーロッパやアメリカに勉強しに行っちゃいますからね。
池原 このオーディションの決勝や準決勝は、他のオペラカンパニーの人たちやエージェントも見に来てますから、「これは売れそうな歌手だ」と評価されたら一流のエージェントから声をかけられて、小さいオペラ劇場から出演し始めて、キャリアを積むチャンスももらえます。
オーディションの優勝者はそうそうたるメンバーで、ルネ・フレミングとかスーザン・グラハムとかトーマス・ハンプソンとか、サミュエル・レイミーとか……。
運営者 すごいですね。
池原 それから音楽水準の高さでいうとオーケストラやコーラス、ダンサーについても凄く競争率が高くて、一流の人たちが入っています。
運営者 オーケストラの話で面白かったのが、以前はコネ採用などがあって、水準に凸凹があったのが、改善されてるんですね。
池原 ジェイムズ・レヴァインになってからしっかりオーディションするようになったようです。それで水準が上がったので、他の指揮者がMETに来ると「自分のタクトの振り方にどのようにでもついてきてくれる、ポルシェのようなオーケストラだ」と言うそうです。
コーラスも、恐らくアメリカ一のコーラスマスターがついていますから、非常に水準が高いです。
運営者 シカゴリリックにいた人なんだそうですね。
池原 そうです。シカゴリリックのコーラスの水準の高さは当時から有名でした。METのコーラスの人たちも、一流の歌手としてのトレーニングを受けていて、うまくチャンスをつかめなかったり、「家族もいるしあちこち旅行するのがいやだからニューヨークにいたい」といった理由でMETにいる人たちです。入るのもすごく大変です。
そういうところが、作品の最終的な水準の高さにつながっていると思います。
運営者 それで面白かったのが、この本の中にMETにおけるいろいろな職種の給料が書いてあるんですよ。これがなかなか面白い。
池原 日本から見たら、みんな結構いい給料もらってますよね。
運営者 まったくそう思います。
池原 それなりの給料をもらって、ハードワークをこなしているわけです。
運営者 特にコーラスは大変そうだなと思いました。
池原 そうですねー。