運営者 そういう感じで・歌手や演奏者など音を出す部分に関しての水準が保たれていることは、池原さんの本を読んでよく理解できました。舞台とか演出に関してはどうですかねぇ。
池原 まず、新演出の数を増やしてます。
運営者 かなり増えてますよね。
池原 これはまた、METライブビューイングの本数が増えているというところにもつながっているのですが、それによってさらにまた「METで演出したい」という人の数も増えていますし。有名な舞台監督さんを呼んできたり、ミュージカルやお芝居など、オペラとは全く別分野の演出家を呼んでくるというのが、最近の傾向です。
運営者 おそらくポートフォリオ・マネジメントをやってるんだと思いますよ。「他で成功した演出をこのくらい持ってきて、冒険する新演出はこのくらいで」と。
池原 そうそう、なかなか慎重にやっているのですが、突然METだけでやってみて失敗するようなこともたまにはあるようですが(笑)。これはまあ仕方ないですよね、それは全部成功するに越したことはありませんが、そうはいかないわけですから。「ある程度リスクを取ってやってみる」というのが、現在のゲルブ総裁の考え方のようです。
運営者 ビジネスマンの感覚を持った人ですから、全体を見ていると思います。
池原 そうですね、どのようにパッケージしてやっていくかというところに長けているようです。ロベール・ルパージュなんかも、1999年にサイトウキネン・フェスティバル松本で小澤征爾指揮の《ファウストの劫罰》を演出したのをゲルブ総裁は見てますから、新しい指輪を任せているわけです。
それから全然別の分野から呼んできたのは、ビジュアルアーチストのウィリアム・ケントリッジで、とても評判よかったんですよ。
運営者 ショスタコーヴィッチの《鼻》ですね。
池原 ダンサー出身のマーク・モリスに演出を任せてみるとか、他の分野出身の人でもストーリーがちゃんと語れる人であれば才能に賭けてみる、ということをするようです。
それから舞台の裏方さんは、ハードワーキングですけど、一流の人たちが集まってチームワークよくやっていることが舞台の水準の高さにつながっていると思います。
運営者 ぼくらは、夜10時半くらいに幕が降りたら「翌日の昼くらいまで舞台は使ってないんだろう」くらいに思っているわけですが、実はそうじゃないんですねえ。
池原 夜、幕が降りたら、すぐにそのセットはしまって、次の午前中のリハーサル用のセットを組んで、そのリハーサルが終わったら、そのセットを崩して夜の公演用のセットを組み立てるということを三交代制でやっています。これらをきちんとサポートするシステムができています。
何しろ予算があります。
運営者 入場料やMETライブビューイングによる直接的な収入は、半分くらいで、あとは寄付なんですね。
池原 新演出に対して数億円、下手をしたら10億円以上出してくれるお金持ちが、いっぱいいるということです。
運営者 特に驚いたのが、今回の指輪の新演出に対する個人の寄付です。ありえない金額だと思います
池原 そうした基盤があることが、METの水準の維持につながっているんです。ヨーロッパの音楽界も厳しくて、政府や自治体の予算に依存していますから、イタリアなどは、オペラ座を閉じなければならない状況まで追い詰められています。
そもそもメトロポリタン・オペラ自体のスタートが、国家と関係なく集まった人たちが、お金を出してスタートしたわけですから。
寄付文化があって免税措置があって……。
運営者 新しい公共なんです。
池原 そこが日本とは違うところです。