池原 それで、アメリカ人の観客は結構保守的なので、METでは最近ヨーロッパではやっているような超斬新な舞台はありませんが、ほどほど斬新な舞台はやってます。「多少新しいものも取り込みつつ、保守的な人にはゼフィレッリの古いプロダクションを見ていただきましょう」といったあたりのバランス感覚をうまくやってると思います。
運営者 トスカはあれでよかったのに(笑)。
ところでこのピーター・ゲルブというおじさんは、「PG」と略すんだそうですね。井上さんに聞いたら、「ピーターがたくさんいるから、PGと言わないと分からないのよ」と言っていましたが。
池原 確かに(笑)。
運営者 ぼくが少し会った感想では、彼のマネジメント能力についてはよくわかりませんが、対人スキルがものすごく高い人だということはわかりました。ビジネスマンには必須の能力ではあると思いますが、彼はものすごく高いと思います。経歴から考えても、METを率いるのにちょうどよい人なのでしょう。
池原 ホロビッツのマネジャーをやっていた人ですから、難しいアーチストの扱い方はお手のものでしょう。
運営者 あの人間力は半端じゃないと思いましたよ。
で、この本を読むと、「ああなるほどね、こういうふうにやってるんだと、オペラ作りの裏側がよくわかります。適材適所で人を集めてきて、あれだけの大きなカンパニーを回しているのだと。
それからわれわれが見る機会が多いMETライブビューイングについても、どのように中継を行っているのかその裏側が分かってとても面白かったです。《ラインの黄金》の本番を取材されていますが、このライブビューイングは私も見ました。最後にローゲがブーイングを受けていたのですが、それがなぜなのかさっぱりわからなかったのですが……。
池原 そこが面白いところで、ローゲ役のリチャード・クロフトはモーツァルトやヘンデルが得意なとてもきれいな声の持ち主で、私は大好きなのですが、今回はワーグナーに初挑戦で、調子が悪かったらしくて、劇場で聞いていた人にはオーケストラに負けて彼の声は聞こえなかったようなんです。彼の兄弟がそう言ってました。
運営者 だけどそれは、ライブビューイングで見ている分には全然わからないんですよ、調整されますから。
池原 そこがライブビューイングと生で見るのとの違いですよね。
例えばライブビューイングで写りがいいセットと、実物で見た方がいい演出とは別れますから。
運営者 それでいくとこの、ロベール・ルパージュの演出の指輪や《ファウストの劫罰》は生のほうがいいんですか、実際に見ると違うんですか?
池原 あれは、実際に見たほうが「ああ、すごいな」と思えます。ビデオを使った演出はライブビューイングでみるとフラットになっちゃって……。
運営者 そんなに立体的なんですか!
池原 そうなんです。もうすぐ日本でもやると思いますが《ワルキューレ》の第一幕なんかは柱に模様が投射されていて、本当に木のように見えるんです。だけどライブビューイングで見ると登場人物の衣裳に、その木のビデオが投射されてしまって木の表皮に見えてしまいます。だけど、実際に舞台を見るとそれはあまり目立ちません。