スカラ座の一等席は天井桟敷
手塚 やっぱり、教養の前提なの?
運営者 どうやらそのようですよ。だから、ナショナルオペラの前に行って、「マジック・フルートか、これ俺今日見るから」と言うと、「僕も知ってる」、「私も知っている」と言って、5人6人集まってくるんですよ。しょうがないから、引率して見に行くわけ。反応を見ていると、彼らは中身がわかってるみたいなんですね。筋を知っているということです。ある社会階層では、一般的な教養になっているんじゃないかな。南米でも、オペラ座を作るということが、文明をそこに持っていくということになっていたわけでしょう。
ほんとのところどうなのか、よくわからないんですが、オペラというのはそういう「文明の灯」のようなところがあるんじゃないのかな。
手塚 基本的には金かかるからね、オペラは。
運営者 そういう中で、メトロポリタンはハイソサイエティから、下々にまで扉を開いているということで、きわめてアメリカ的な装置ではないかという感じがします。
日本人で、ニューヨークに駐在している人が喜んであれを見に行くというのも、すごくよくわかる感じがする。4000からある客席が毎晩毎晩満席になるというのは、驚異的なことですよね。それだけのレベルの舞台になっているし。素晴らしいと思います。ワシントンだって、池原さんのレポートによるといいプロダクションができてるみたいだし。サンフランシスコにもいい舞台があるみたいだし。
手塚 メトロポリタンオペラの一階平土間のオーケストラ席に行くと、ユダヤ系の元からの大金持ちの年寄りと、ウォールストリートの若い成金が基本的に通っていて、それプラス日本人の駐在員や観光客という3種類の人種しか入っていないようにと思うよ。
運営者 「トスカ」の時のボックス席に行くと、イタリア人ばっかりでしたよ。
手塚 それは健全な世界だね。
スカラ座の一番いい席は、天井桟敷なんだって。そこに本当に毎日通っているおっさんがいる。
青山墓地とか多摩墓地に墓参りに行ったことある? 墓地のお茶屋さんが、バケツに花をいっぱい入れてくれるよね。「これを墓に備えなさい」と、それと同じことをスカラ座の天井桟敷のオヤジがやってるわけ。
運営者 何を言ってるのか、さっぱりわからなくなってきたぞ。
手塚 自分が好きな歌手が出てきた瞬間に、「杉良太郎!」という感じで花を投げかけるんだよ。
運営者 ああ、それはウイーンでもやってたな。「ブラボー」と手書きにした旗を持ってきていたりしてね。なんだこりゃ、オリンピックを紋付き袴で応援しに来てるオヤジみたいだなと思いましたよ。
僕がスカラ座の天井桟敷に行った時は、バレエをやってたんですよ。
手塚 スカラ座でバレエは邪道でしょう。ベルディを観なきゃ。