「薔薇の騎士」
運営者 まったく話を変えて、シュトラウス、「薔薇の騎士」もお好きですよね。あれも魅力があります。
手塚 あれはフィガロの結婚のパロディーなんだね。ほとんどの登場人物がパラレルでいるわけ。オペラブッファをやっていながら、モーツアルトの時代にはレッサティーヴォでやっていたことを甘いワルツに置き換えたのが「薔薇の騎士」。だから狂言まわしをみんなワルツでやっている。「会議は踊る」のちょっと前の時代にね。
運営者 あの中に盛り込まれているものは本当に多くて、よくできてるなと思いますよ。
手塚 西洋世界の文化の到達した究極の世界をぎゅっと凝縮した箱弁みたいなもんだね。全部入れてある。ホフマンスタールとリヒャルト・シュトラウスという当代の名シェフたちが腕によりをかけて料理した、世紀末の徒花みたいなオペラだからね。もうオペラという芸術ジャンルが黄昏ているときに、夕日が沈む直前の紫色の輝きみたいな美しさがあるよ。
運営者 元帥夫人とオクタヴィアンの関係というのは、どうも「マイスタージンガー」のザックスとエヴァの関係で、男と女が入れ替わっているだけみたいな感じがしますね。
手塚 19世紀末の西洋って耽美の世界はそうだったんでしょうね。つまり倒錯した世界を芸術のエネルギーに変えているのではないでしょうか。今の日本には倒錯した世界はあるみたいだけどぜんぜん芸術に昇華されないね。文化が爛熟しないで世紀末観だけがある。悲劇だね。
運営者 しかしまあ、オペラのおいしいところだけをいいように食い散らかしてしまいましたね。いいのかなあ。こんなことして……。
手塚 まあ、ワインもなくなったし。いいんじゃない、こんなとこで。
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