美術史美術館と対称をなす自然博物館に挟まれて、その両者をも凌ぐ迫力を見せているのが、ハプスブルグの国母マリア・テレジアの銅像である。馬に乗った4人の廷臣たちにかしづかれて、片手を拡げてゆったりと座っている。国民の畏敬と敬慕の情けが伝わってくる見事な銅像である。
王宮の中のヨーゼフ広場を通り抜ける。ミヒャエル門の前には遺跡が発掘されている。ローマ時代の遺跡のようだ。そういえばウイーンはローマ帝国が作った砦を中心に出来上がった町なのだった。確かマルクス・アウレリウスが陣没したのはこの辺りだったはずだ。このハプスブルグの王宮は、権威主義的な要素と美的な洗練を取り混ぜたバランスの上に成り立っていて、素晴らしい建築だと思う。嫌いな人は嫌いだろうが。
ミヒャエル門を囲む広場に面して、ギリシャ風の装飾を取り払って近代建築の先駆けとなったロースハウスもあり、壮麗な王家の門と対象をなして面白い空間になっている。その隣にはヴィトゲンシュタインなどが入り浸っていたカフェ・グリーンシュタイトルがある、前回来たときに二日酔いで座っていたし、さてどうしようか、やることがない。
デーメルに行ってケーキでも食べることにする。
チョコケーキを選ぶ。この店は、中庭までガラス天井をはめて座席を置いて使っている。ここに座り、メランジェを頼む。満席である。ケーキは本当にうまい。前回カフェ・ザッハーでザッハトルテを食べたけど、こっちの方がよほどうまいと思う。日本に持って帰りたいくらいだ。
デーメル この店のウエートレスは黒いエプロンを着たおばさんたちがやっているが、このおばさんたちが非常に感じが良い。何が一番感じがいいかというと、表情だと思う。相手が言ったことに反応する表情が豊かでうそがない。この感じの良さは、なかなかないかもしれない。店のマネジメントがうまいということだろう。
ホテルに帰ると、私の日本からの電話を受けて、ネットでは取れなかったチケットの手配をしてくれたMrs.Strogachがフロントに座っている。「チケットは?」と聞くと、「ああ、あなたですか」ということで、入手したチケットを出してきてくれる。「25%もチャージがかかってすみませんね」と言っている。どこまでも感じがいい。現金で代金を払い、チップを30ユーロほど弾む。部屋に帰ると、お茶の用意がしてある。
シャワーを浴びて着替え、7時すぎに外に出る。昼間は無表情にしまっていたオペラ座の中に明かりがともり、オペラ座に灯が入ったという感じがする。イブニングチケットオフィスに行ってみると、長蛇の列である。お兄さんが名前の順番に整理したファイルを持っていて、名前を言うと予約していたチケットをくれる。清算はインターネット経由でクレジットカードで済ませている。これなら、引き換え番号をメモしてくる必要はなかったわけだ。
今日はボックス席だということを忘れていて、クロークにコートを預ける。小部屋に、荷物置き場があるので預ける必要はなかったのだが。予約をした席は特等席である。席に着いてすぐ気が付いたのだが、目の前に字幕装置がある。これは素晴らしく便利なものだ。以前来たときにはなかったと思うのだが、ヴィラールという資産家が2200台分の320万ドルを寄付して、今シーズンから稼働しているらしい。あんたは偉い! 「ナブッコ」では字幕は筋を追うための最小限に抑えられていた。これは良い。