かなりみんな満足して、バスに乗ってデルフィの神域を後にする。博物館の出入り口にも数匹の猫がいて、観光客に愛想を振りまいている。どの猫も非常に毛並みがよい。おそらく愛想の悪い猫は淘汰されてしまうので、人なつっこい猫ばかりが残っているのだろう。
バスは坂道を下り、10分ほどでXENIAデルフィというホテルに着く。ここで食事である。私は、シンガポールからやってきたという夫婦と同席した。旦那の方はヒューレットパッカードでERPを作っているという。奥さんの方はGEでロジスティックスをやっているそうだ。
この2人から、シンガポール人の日本経済に対する認識を聞くことができた。非常に詳しく知っている。しかし彼らの専門性から考えて、ことさらに経済をウォッチする必要もない人たちなので、おそらくはこれがシンガポールの知識労働者層の一般的な認識だと考えてよいのではないかと思う。
彼らは、日本経済の構造改革は不可欠であると知っている。しかも規制を外して市場をより自由化すれば一時的には景気は悪くなるだろうが、それ以外に助かる手はないという認識も私と一致している。小泉首相は改革派の政治家として非常に有名であり、しかも彼が政権を去った後はそれに代わる改革派が日本には存在しないということも周知の事実のようである。
ナクソスのスフィンクス ……ということは、もし小泉改革が失敗に終わった場合、「もう日本について行っても仕方がない」ということをアジア諸国は知っているということになる。その場合は、アジア諸国は雪崩を打って、改革開放路線を進める中国にリーダーシップを求めても不思議ではない。いかに中国に対する不信が強かろうと、日本よりは頼りがいがあるということだ。
彼らは日産を改革したカルロス・ゴーンの名前も知っている。日本に対する改革期待はそれほど高く、またその実現の困難さも認識されているのだ。
このホテルのテラスからははるかにエーゲ海が見渡せる。600m下である。神託を求める人々はあそこからはるかこの山の上に上がってきたのか……。
再びバスに乗り込んで、カーブを1つ曲がって下りたところがデルフィの門前町である。帰路は、疲れて爆睡する。アテネに近づくと、また曇が見えてきた。アテネは雲の下である。
このツアーは非常に親切で、全員のホテルの場所をわざわざ聞き、その前で降ろしてくれる。私の場合は終点であることがわかっているので、そのまま乗っていく。バスは約束通り6時に市内の中心であるシンタグマ広場につく。ここから2ブロック歩けばホテルだと教えてもらう。
ホテルの部屋に戻ってシャワーを浴び、着替えて「近所に良いレストランはないか」と聞く。ホテルのすぐ裏のギリシャレストランがうまいと教えてもらったので、素直にそこに行くことにする。
途中で書店があったので覗いてみる。さっき行ったツアーを主催している旅行会社があったので見てみると、正面の窓ガラスに、日本語で「この旅行会社のエーゲ海ツアーは絶対他より安い。悪いことは言わないからここにしておけ」などという日本人が書いた推薦の言葉が7つほど張り付けてある。そのうち1つは中国語だった。