なんだか空が晴れてきた。ひょっとすると、スニオン岬行きのツアーに参加すると夕日を見ることができたかもしれないと後悔する。「いいさ、それなら自分で見に行ってやる」と思い、地下鉄でピレウスに行くことにする。
バスに乗って、地下鉄の乗り換え駅であるオモニアを目指す。この辺りが新市内の中心であるらしい。大変な渋滞である。トロリーバス、普通のバス、乗用車が交差点で重なり合っている。うんともすんとも進まない。
この国の車は輸入車ばかりで、ルノー、フィアット・トヨタ、フォードなどの小型車ばかりである。日産や現代も健闘している。タクシーはベンツ、トラックはボルボが多い。通りには百貨店やブティックが並び大変にぎやかである。国立劇場が近所にあるというので、何かやってないか覗きに行くが、あまりにも小さくてシャビーな劇場なのでこれはだめだと思う。その近隣にあるボルノ映画館の方がよほど立派な感じがするほどだ。
地下鉄を終点まで乗っていけば、ピレウスの駅に着く。
地下鉄に乗ったとたんに、横に立っていた男が大声でわめき出してびっくりするが、ひとしきり口上を言うと車内を歩き始めた。物乞いであった。この男が隣の車両に移ったなと思ったら、入れ替わりに老婆が入ってきて、やっぱり大声で口上を言っている。なんと乞食の多い地下鉄だと思っていたら、このばあさんは手に持つたばこを売っているようだ。
ギリシャでは鼻ピアスが大流行していて、ほとんどの女性が鼻をピアスをしていた。
地下鉄はやがて地上に出て、普通の電車になった。20分ほどで終点のピレウスに着く。「日曜はダメよ」の舞台であるこの街は、ペリクレス時代に完璧な都市計画の港湾都市として賑わった。紀元前5世紀のことである。
ローマの都市計画は見事だが、しかしそのローマはギリシャから学んだものが非常に多いということがここに来てよく分かった。この都市計画も、そのひとつだろう。土木建築はローマの十八番のように言われるが、そのルーツはギリシャにあった。ほかにも兵士がかぶっている兜の飾りなどもギリシアに由来するものだとは知らなかった。ただし、道路ネットワークと上下水道はローマののオリジナルである。
ピレウスの駅舎は大変立派な美しい建物である。この港町の繁栄を反映している。
駅を出たら、駅前はすぐ港である。船会社のオフィスがいっぱいある。地中海の島々やイタリア行きの船はここから出る。港の方に歩いていく。そんなに大きくない入江の中に、これだけ詰め込めるのかと思えるほど1万t級のカーフェリーや双胴の高速船がぎっしり停泊している。
だんだん日が暮れてきたが、やっぱり雲が多い。スニオン岬に行ってもいい夕陽を見ることはできなかったろう。スニオン崎は、今度エーゲ海のクルーズにきたときにでも行けばよい。
港の端にあるレストランにまで行って、ビールを頼む。ミトスビールである。見ていると入口にバイクに2人乗りをした男女が乗り付けて入ってきた。何かしらと思ったら、「電卓を買わないか」と持ってきた。この2カ月間の間だけ、ヨーロッパで一番売れている商品だろう。
そこからトロリーバスで駅の方に取って返して、ギリシャ正教の教会に入ってみる。
比較的大きな教会である。教会の中では5時のミサの最中である。坊主の声がマイクで拡大されて聖堂中に朗々とを響きわたっている。非常にいい声の2人が二重唱で読経している。
シンタグマ広場の駅 テノールが主旋律で、バスが伴奏をしているようだ。坊さんがミントの香りがする香炉を振り回しながら聖堂中を歩き回っている。天井にはイエスを中心にして聖人が描かれ、柱や壁のそこここにイコンが描かれている。ギリシャ正教では、偶像崇拝を禁じた元々の戒律に従って、なるべく感情表現を押さえたイコンを描いている。イコンその物を崇拝の対象とするのではなく、そのイコンの先に表現されているものを崇拝するために、あえて無表情な顔や姿を描いているのだそうだ。
電車に乗ってオモニアに行き、乗り換えてシンタグマ広場の駅で降りる。コンコースは、まるで博物館のようだ。
そこから歩いてホテルに帰る。