行きはガスが出ていたので気がつかなかったが、デッキに出てみると、ナポリの海岸の美しい海岸線や、ヴェスヴィオス火山の稜線、ナポリの町の背後に聳える山々。そして後にしてきたカプリに落ちかかる夕日がきれいだ。
船が港に着いたのでさっと飛び降り、今度はサンアントニオ教会を目指す。ここから見るナポリの眺めが、いわゆる「ナポリを見て死ね」と言われた景色であるとどこかに書いてあったからだ。この言葉だけは私も昔から、引っかかっている。あと、「別府は東洋のナポリ」とか「百万$の夜景」(昭和40年代だね~)とか。
地図で見ると、どこかから鉄道が出ているようなのだが、地図があまりにも簡略化されていてよくわからない。とにかくこちらの見当だろうと歩いていく。途中でサンカルロ劇場というオペラ座を発見した。たいそう立派な建物である。異常に警官の姿が多い。テロを警戒しているためだろうか、それとも普段から治安が悪いためか、土曜日の繁華街は非常に人出が多いのだが、武装した警官の数も半端でなく多い。
警官の数には困らないのだが、英語が分からないので道を聞いてもさっぱり要領を得ない。そうこうするうちにどんどん日が暮れてくる。早く行かなければ、夕日が柔らかい光をナポリの街に投げかける様を見ることができない。
途方に暮れながら歩いていると、サンフランチェスコ・ディ・パオラという教会の前の広場の前で何かクリスマス関係のイベントをやっていたのだが、ここにツーリストインフォメーションがあるのを発見。飛び込んでどういけばいいのか聞く。とにかく地図にも載っていないので、どこに行けばいいのかわからないのだ。ツーリストインフォメーションでも、この教会が載っている地図を入手することはできなかった。
結局あきらめて、「タクシーに乗っていくことにする」と言うと、「タクシーでぼられないように気をつけてね」と言われる。さんざん待ったあげくやっとタクシーを捕まえて、「サンアントニオ教会に行け」と言うのだが、教会という単語が判らない。カテドラルと言っても通じないのだ。うんうん悩んでやっと理解させる。
しかしタクシーの運転手はまだ合点がいかない様子である。タクシーはサンアントニオ教会とは逆の街の真ん中方向に走っている。私は「サンアントニオ教会へ行け」というのだが、運転手はイタリア語でわけのわからないことを言っている。もう夕日は沈んでしまって、あたりが暗くなり始めている。全く困った。運転手は、英語がわかる仲間の運転手のところに駆け込んだ。私も困り果てて、「彼は一体何を言ってるのか教えてくれ」というと、どうやら「サンアントニオ教会は同じ名前のものが2つあって、街の真ん中と郊外にあるのだが、一体どちらに行くのか」と聞いているらしいということが分かった。どっと疲れた。「景色が見たいから丘の上の教会に行きたいんだ」と説明して、やっと再びタクシーは元来た道を戻り始めた。もうすっかり辺りは暗い。どうにもならない。
タクシーはしばし埋め立て地らしい海岸線を走った後、ヘアピンターンが続く急な登り坂を上って教会についた。この教会のテラスからの眺めが良いと聞いていたので、テラスに直行する。かなり広いテラスには、何組かのカップルと観光客がいてナポリの町の夜景を眺めている。
「これが音に聞くナポリの夜景か……」と思うのだが、別にそんなに威張るほどきれいなものではない。ヴェスヴィオス火山のなだらかな中腹に人家の光が点々と続いている。これだったらうちから見るトーキョーの夜景の方がよっぽど綺麗だ。摩耶山麓に広がる神戸の夜景の方がもっと良いかも。まあしかしここはナポリなんだから、素直にありがたがっておこうと、自分を納得させる。
帰りはバスを使おうとバスを待つ。ずいぶん待ってやっと来たので乗り込むが、しばらく乗っていると、循環するバスらしく、また元来たところに戻ってしまった。仕方がないので、坂道を歩いてとぼとぼと降りる。大通りに出たところでバスを拾って町の中心に戻ってくる。
この街は夜になった方が活気が出るような気がする。人の数も増える。港にそそり立っているノルマンの城塞から今度はトロリーバスに乗ってみる。全然訳の分からないところへ連れていかれてしまう。仕方なしにまた戻ってきて、城塞の近くのピッツエリアに入る。
まず前菜のオリーブが丸々としていて美味しそうだったので、これを頼んだのだが、肉厚なのは良いもののあまりに辛すぎてとても全部食べられない。パスタはカルトッチョというシーフードが入ったものを頼んだが、非常に油の使い方がうまくて味がひき立っている。そしてピザにサラミとチリとモッツアレラチーズとトマトが入ったものを頼んだのだが、たいへんおいしかった。サラミが丸くなく細切りで出てきたのがちょっと意外だった。これらを白ワインをごくごく喉を鳴らしながら呑みつつ食べていると、「ほんとに生きていてよかった」と単純に思う。何たる楽しみだろうか。
適当にタクシーに乗って、ベルニーニ広場に戻ってくる。夜8時だというのに大変な人出である。ベルニーニ広場には銅像がある。犬を連れている人に、「これはオペラ作曲家のベルニーニの銅像か」と聞くと、そうだという。その隣に発掘された遺跡があるので、「これはローマ時代の遺跡か」と聞くと、「いや違うギリシャのだ」という。イタリアも南に来ると、だんだんギリシャが近づいてくるのだという感慨を持つ。