バスがスタートするまで、BARでビールを飲んで過ごす。バスに乗り込んで見ていると、運転手に町の人が郵便物を手渡している。郵便や荷物の託送をやっているようだ。これが路線免許に含まれていると思えないので、アルバイトではないだろうか。ローマ時代にも皇帝用の飛脚で託送をやっていたようで、この辺の融通だけは2000年後も変わらない。
1時ちょうど、バスがスタートする。バスはパレルモ市内を抜けて、すぐに田舎道に入る。荒野である。所々に廃屋がうち捨てられている。やがてはそれもなくなって、まったく何もない荒野となる。山川草木うたた荒涼。雨が降ったらさぞかし陰気なんだろうが、雨など降る気遣いもない。
そしてしばらく進むごとに、丘の上に作られた古い町々が現れてくる。敵からの攻撃から身を守るためにこんな不便な丘の上に町を作ったのだろう。
ドライブには最高の日和である。
高速道路は古くて高架部分が多く、継ぎ目がうるさいが、それを気にしなければ景色はすこぶる素晴らしい。なんだかよくわからないが、とにかく目に飛び込んでくるものがすべてきれいに見える。岩山と背の低い木と、まばらに見える人家と羊の群れしかないのだが、その雄大な眺めを構成している光、影、空気の済み具合の配剤なのか。
どうしてこんなにきれいなんだろうと考えてみるが、これは自然が描いた絵なんだと気がついた。何もないから美しいのである。
そして廃屋や丘の上の町といった人為の所産は、天意の上に巧く乗っている。そうした人工物はシチリアの風景の中ではアクセントでしかない。あまりにも空が大きいので、自然との調和を考えずに建物を作っても、人間の創意は自然の中に飲み込まれてしまうのだろう。都会では人間が自然をコントロールしているが、ここでは自然が主人公で、自然はその本来の美しさを損なうことなく、惜しげもなくわれわれの目の前にさらけ出してくれているのである。
1時間ほど走ると前方に雄大な火山が見えてくる。エトナ山である。高速道路はエトナ山の西側から接近して南麓に大きく回り込む。山の頂きからは噴煙が冲天して、やや下方にたなびいている。変な図である。
カターニャの町に近づくと荒野は徐々に耕作地になり、オレンジやオリーブの畑が広がってくる。近代的な建物も姿を見せる。2時間40分でバスはカターニャ空港に滑り込み、そこで何人か降ろして市内の方に向かう。私もここで降りる。
この空港は、とんでもない田舎空港である。チェックインにほぼ1時間かかる。苦痛だ。ロビーの上を、武装した警官が警戒している。
カウンターのお姉さんは愛想がいい。「私日本食が好きなんです。カターニャに良いレストランがあって」と言っているので、「日本食の中で何が好きか」と訊ねると、ラーメンとの答え。B級グルメである。「今はオンタイムだけれど、ローマでストをやっているので出発が遅れるかもしれない」と教えてくれる。
とりあえずすぐに搭乗口に行ってみる。みんないかにも手持ち無沙汰そうに飛行機を待っている。
喉が乾いたので何か飲みたいのだが、自動販売機しかない待合室である。リラがないので何も飲めない。我慢して、ロビーから外に出て歩いて飛行機に乗り込む。MD80である。
機内に誰かが持ち込んだ犬が鳴いている。飛行機は20分遅れで夕暮れの中を離陸。窓の外にはイタリア半島の海岸線が見えている。ローマのフミチーノ空港に到着する。時間がないのですぐに乗り替える。カターニャの空港に比べれば、フミチーノは未来都市ではないかと思うくらいに輝いて見えた。