この教会に祭られているサンマルコ(福音書記の1人で、アレクサンドリアで68年に殉教した)の遺体は、828年にテオドロスよりメジャーな守護聖人の招来を望んだベネチア商人が、アレキサンドリアからかっぱらってきたものだ。
寺院正面のモザイク画はサンマルコの遺体をどうやって盗み出したかを描いている。モザイクは修復されて色鮮やかだ。
ベネチアは商人の街であり、商人とははしっこいものなのである。
教会の中に入ってみる。天井がすべて目映いモザイクで覆われている。ベネチアが持っていた莫大な富の力を感じさせる。そしてこの教会は、ビザンチン様式と中世の建築の折衷様式であり。それらの調和を求めて静かな祈りのための空間を作ろうとしたのではなく、お互いがその華美な部分だけを競いあったような力強い美しさを持った建築だと思う。とにかく使われている色とりどりの色大理石だけでも、おびただしい数である。
教会を出て、サンマルコ広場に面するカフェ・フローリアンに入りメランジェを飲む。
このカフェは1720年にフロリアーノ・フランチェスコーニが開店した。ベネチアのガイドブックには世界最古の喫茶店と書いてあるのでそう思い込んでいる人も多いが、果たして疑問だ。17世紀半ばには、既にバリにはカフェがあったそうだ。ただし、ここが重要な社交場であったことは間違いない。店のトイレは2階にある。2階の小部屋は今は事務室として使われているが、昔はここで密談をしたり賭博や麻薬をやっていたに違いない。内装は1850年に改装された時の物。すべての絵が潮で傷むのを防ぐためガラスケースに収められている。ワーグナーもプルーストも、ハイネもニーチェもヘミングウェイもゲーテもカサノヴァもここに来ていた。
店員の態度が非常に悪い。右も左も日本人のツアー客ばかりである。会話を聞いているとまぬけだ。そしてチップを弾んで置いていく。私の基準では、こいつらにチップを払う必要は全くない。私にしてみれば、朝早くから開いている喫茶店はここしかなかったから座っているだけだ。
さていよいよ、ドゥカーレ宮に行ってみよう。ここがベネチア共和国の心臓部である。入場料9.5ユーロ。
イヤホンガイドを借りる。これは、どこでも見たことがない最新式のものだ。大きな液晶画面があり、自分が今立っている現在地と、進む方向などが画面上に表示される。慣れるまではなんだかさっぱり分からないが、使い方がわかればかなり便利なすぐれものだ。最初は何と不親切なものだと思ったが、実は意外と使えるものだった。