7時ごろに目が覚める。みんな起きていてあらかた外に出たり、本を読んだりしている。とても快適といえる旅ではない。これは私の年になってやることではないな、二度と鉄道の旅はごめんだと思う。
列車はベネチアに向かう橋を渡る。映画「旅情」の中での、汽車がもくもくけむを吐きながら海の上を渡る最初のカットは非常に印象的だが、今でもあれと全く同じ光景をベネチアに来た観光客は目にして、「ああ、またベネチアに来たんだ」との感を深くする。
8時45分サンマルコ駅着。駅のコインロッカーは、テロ警戒のためか使えない。使用禁止になっている。どこに荷物預け所があるのか全く見当がつかない。表示も適当だ。
うろうろして教えてもらい、やっと見つけてトランクを預ける。駅前がもう大運河である。水上バスの1日券を買う。9.30ユーロ。私が前にここに来たのは11年前のことだが、あのころと比べると水上バスが全く新しくなっている。以前のものは木製の部分が多くて風情があったが、新型はいまひとつ風情にかける。
間違えて反対周りの船に乗り、島の外を周りしてサンマルコ広場から上陸する。大鐘楼とドゥカーレ宮が見えてくる。その間にサンマルコ寺院のモスクが顔を出している。サンマルコ広場の正面には、2つの柱があり、その上にサンマルコの獅子と、それ以前の守護聖人"テオドロス"の像が載っている。前回来たときは、この獅子が修理中で取り外されていたため、なんともまぬけな様だった。
全くバラバラな建築様式の寄せ集めでありながら、アドリア海の澄んだ青い海の上に浮かぶベネチアの玄関口の壮麗な様は、圧倒的な美しさを感じさせる。さすがの千年共和国である。どこを切り取っても絵になる街だ。
サンマルコ広場に出る。広場には大変な数のハトがいて、そのハトにやる餌を売っている黒人がいる。物好きな観光客(どうせアメリカ人に違いない)が餌をまくと、ハトは一斉に本人にたかるので、ほとんどヒッチコックの「鳥」のような光景になっている。なぜか浅草寺の境内でハトのエサを売っているおばさんを思い出した。
広場を囲んでいる三方の建物の正面は、統一されており、アーケードや窓の並びが美しい。時計台は修復中である。ピアジェが金を出しているらしい。いい宣伝だ。
残りの一方にあるサンマルコ寺院のファサードは、それと対照的にゴテゴテした装飾と尖塔、そしてギリシャ十字のような配置のどうにも特徴的な5つのドームと5つのアーチを持ち、なんともいえないバランスを保っている。
各々のアーチは素晴らしいモザイク画によって装飾され、真ん中のアーチのてっぺんにはサンマルコの獅子が黄色に光っている。その上に立つ聖人の像がおそらくサンマルコなのだろう。
そのサンマルコの下の明かり取りの窓の脇を、例の四頭の黄金の馬(サンマルコの馬)が蹄を蹴立てて飾っている(レプリカ、実物は寺院内にあり)。1204年第4次十字軍でコンスタンチノポリスを陥落させたベネチア人たちの戦利品である。よほどこの馬が気に入ったということだろう。そうするとこの馬が、イタリアで作られ、デルフィに奉納され、コンスタンチノポリスに行き、そしてベネチア共和国に腰を落ち着けたものなのだろうか。
1743年の絵(イギリス王室所有)にはこう描かれている。ベネチア共和国を滅ぼしたナポレオンはこれらの馬をいったんはバリに持ち去ったようだ。優れた芸術品は、その当時の最高権力者の下に移動するということだ。