メトロポリタン美術館
10時。日本では「紅白」が始まった頃だ。どうせだめだと思うがホテル1階のチケットサービスのカウンターの列に並ぶ。待つ間にカウンターにある情報誌を手に取ってみていると、チケットブローカーの広告が出ている。しまった、ここに頼めばよかったのか。
昨日のおばさんに「METかNYフィルのチケットを」と頼む。「ああ、あなたね」とおばさんが両方に電話してくれるが、当然ダメ。当たり前だ。「ラ・ボエーム」と五島みどりのチケットが窓口に残っているはずはない。後は開演2時間前攻撃と、必殺・開演直前「僕にチケット売ってください」攻撃が残されている。ウィーンやベルリンでは奏功したが、大晦日のNYでうまく行くとは思えない。そこでおばさんに「レ・ミゼラブル」はどう? と聞いてみる。おばさんは「あるわけないじゃない」という顔をしたが、劇場に聞いてくれた。「あったわよ」。うれぴー。99ドルを払う。70ドルの席だが、デリバリーコストが5ドル。あとは手数料だ。5時までに取りに来いという。わかったよーん。
なぜレ・ミゼラブルにしたかというと、それはタイムズ・スクエアに近いからである。
徒歩でダフィ・スクエアに面したパレス劇場に向かう。ここでは「美女と野獣」が上演されている。日曜日の夕方に上演しているメジャーな舞台はここだけだったので、窓口で5日のチケットをくれと言う。と、もう2席しか残っていない。ほんとかよ? 真ん中の席を選ぶ。
タイムズ・スクエアでTAXIを捕まえて、昨日と同じルートを通ってメトロポリタン美術館に到着する。まずチケットを買ってから荷物やジャンバーを預け、カフェテリアに直行して飯を食べる。これが優先である。
正面に戻る途中で、ポンペイで発掘された壁画を見る。BC1C.のものだ。凄い! 人物や燭台を描いているのだが、実に繊細な表現である。
正面階段を上がって延々と回廊を歩き、19世紀ヨーロッパ絵画の部分に行く。この美術館は、多くの建物を廊下でつないだ構造になっているようだ。たいへんな混雑ぶりである。しかしそうはいっても日本の百貨店の展覧会よりはずいぶんましなのはなぜだろうか。小田急百貨店の「エッシャー展」の方が、午前中であったにもかかわらず、よほど混んでいた。やはり建物のスケールが、日本よりも一回り大きくつくられているからではないだろうか。
ここで印象に残ったのは、ルパージュの「ジャンヌ・ダルク」、ゴッホの「アイリス」「糸杉」、セザンヌの静物、ターナーのベニス、ドガ、ルノワール「シャルパンティ夫人と子供たち」といったところか。見応えのある絵が、これでもかと並んでいる。ごめんなさい、僕が悪かったです。
これが終わったところで、特別展としてコローの展観をやっていた。これがまた、筆舌に尽くしがたいほど凄い。コローが描いたものは世界中からすべて集められたのではないだろうかというくらいの、大作から小品まで含めてものすごい量なのである。それが年代別に見事に整理されている、まさに見事な展観なのだ。潤沢な資金と、豊富な収集品にまかせて、好き勝手放題をやっているとしか思えない。こんなことを貧弱な日本の美術館がやるなど、不可能の一言である。ふーっ。溜息をつきつつ、またどんどん歩いて、13~18世紀ヨーロッパ絵画の展示部分にたどり着く。とにかく広大な美術館である。
素晴らしいのは33点にも及ぶレンブラントだ。こんなに一度に見られるところはここしかない。フェルメールの「水差しを持つ女」もじっくり独り占めすることができる。僕以外に見ている人間がいないのだ。信じられないことだ。この春のアムステルダムの騒ぎは、いったい何だったんだ? それにしてもこの光の表現は素晴らしい!
全体の5分の1くらいは回ったと思う。後は次回にしよう。しかし、これだけの美術品を収集できるアメリカってなんなんだろう。NHKの「みんなのうた」で「メトロポリタン美術館」を讃える歌をやっている。なんで他人の国の美術館をうれしがって、歌まで歌わにゃならんのだと思っていたが、これでは致し方ない。黙って頭を下げるしかなさそうだ。うーん。
エントランスまで降りてくると、相変わらず凄い混雑だ。なぜこんなところに固まっていて、レンブラントの前にいない? 2時45分。タクシーを拾ってセントラルパークの反対っ側にあるアメリカ自然史博物館に向かう。79丁目の通りが公園を潜るトンネルになっていて、出たところが自然史博物館である。合理的なことこのうえない。