自然史博物館.1
自然史博物館は、裏から見ると城塞のような外観の、これまた広大な博物館である。メイン・ロビーに入ると、バロサウルスという首長竜の巨大な化石が出迎えてくれる。1ドル払って荷物を預けて、これをぐるっと回って切符売り場にたどり着く。黒人のおばちゃんはかなり愛想が悪い。ふーんだ。ふと目を上げると、なんとポーツマス条約で小村寿太郎とウイッテが調印しているのをルーズベルトが見おろしているという壁画が描かれている。その隣では、明治時代の日本兵とロシア兵が手をつないでいる。この博物館はルーズベルトにちなむのだ。入り口にある碑文にも、ルーズベルトの名が刻まれている。
それにしても、どこから見たらいいのかさっぱりわからない。おっ、3時15分から75分間のガイドツアーがあると書いてある。これに付いていこう。集合場所で待っていると、相当恥ずかしい真っ赤な三角の小旗を持って現れたのは、どうみても70歳近い白髪のおばちゃんである。こういう案内員は、ボランティアだ。「あのー参加したいんですけど」というと「結構、もう少し待ってね」。しばらく待ったが、他にだれも来る様子はない。げっ、ひょっとしてマンツーマンかよ。ちょっと凄すぎる展開だ。
やがておばちゃんが私に向き直ってのたまった。
「どこから来たの? 日本? よろしい、私はドイツから来ました。だから私の英語にはドイツ訛りがあります。それで、あなたは何を見たいですか、何に興味がありますか?」
聞かれて困ったが、よくしたもので写真入りの案内板がある。恐竜の化石を指さして
「何というのか知らないが、この手の奴が……」
情けないことにダイノソーという単語を知らないのである。「わかりました。ついてきなさい」と言われてエレベーターに乗り込み、4階に上がる。ここで私は驚異の体験をすることになる。
ドイツのおばさんはどんどん歩く。遅れないようについていく。
「われわれは、発生分化の研究が大変進んでいます。その成果をお見せすることができます。最初に骨ができた動物は、魚でした。それも、背骨よりも先に頭を守る頭蓋骨ができたのです」
そんなこととは知らなかった。学校で習ってないぞ。そしてその説明通りの魚類の化石が目の前にある。以後の説明についても、すべて説明に対応する化石を前にしての説明なのである。
「やがて、ヒレができました。ヒレは発達して手足になりました。手足を持ったものが、さらに発達して爬虫類や両生類になりました。魚の方も徐々に進化しました。でも、そうじゃない連中もいました。まだ生きてます」
といってシーラカンスを指す。「ああ、東アフリカにいるやつですね」