11月17日
放課後、しばらくパソコンに向かってから電車に飛び乗ってチャリング・クロスへ。地下鉄に乗り換えてケンジントン・サウスの駅で降りる。ルクソールの事件について知りたいので新聞を買うが、ほとんど何も情報はない。駅の近くのイタ飯屋でミネストローネとパスタを頼んでビールを飲む。結構満足。
7:15。10分ほど歩いてロイヤルアルバートホールへ。先週の「メリー・ウィドー」に懲りずに、騙されたと思ってロイヤル・オペラの「オテロ」の初日に来てみたのだ。
先々週のマーラーとは違って、みんな正装していて雰囲気が違う。かくいう私も日本から持ってきたジャケットを初めて羽織っている。ボックス・オフィスの前で2、3人たむろしているダフ屋から「おい、これはいい席だぞ」と声をかけられて思わず切符をのぞき込むと「£65」の切符である。思わず声を出して笑ってしまい、ダフ屋の肩を叩いてボックスオフィスにかけ込む。
「学割」と言うと£15の切符をくれた。これが、ステージという最上の席の前から4列目という好位置である。やめられまへんなあ。私の席が何ポンドであるかは確認していないが、£90が最高額だったから、多分そのくらいなのだろう。座席を探して地下に入ると、甲冑姿の人間がいっぱいいて驚く。バックステージに迷い込んでしまった。ここは多目的ホールだから、こういう間違いも起こりやすい。
ロイヤル・アルバート・ホールは、1871年にビクトリア女王が夫君アルバート公を偲んで建てた記念碑のために集めた寄付金の「余り」で造られたホールで(ビクトリア朝の栄華の程が忍ばれる)、収容人員8000人の大ホールである。これをさらに2001年にかけて新しい入り口を造ったりしてリニューアルして使おうというのだから、社会資本に対する考え方が日本人とは根本的に違うようだ。ステージというのは、擂り鉢状になった客席の底に位置する平土間で、ここから眺める観客席は壮観だ。見たところ9割の大入りである。これは期待できると思うと同時に、なんだ、やっぱりみんなオペラ好きなんじゃないかと思う。
ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の借金は£600百万、高々12億円である。12億の借金で一国を代表する文化が傾くとは。ナショナル・オペラ(£500百万)もロイヤル・シェークスピア・カンパニーもこれよりは少ないが借金を背負っているという。よかった日本には素晴らしい制度があって、値打ちのないモノにどんどん金をつぎ込み、それをを後ろの世代に繰り延べすることができて……。
舞台には10本ほどの巨大なコリント式の柱がしつらえられており、これが大きなアクセントとなっている。舞台の上全体を照明の装置が天蓋のようにおおっており、一歩間違えばロックコンサートのようでもある。背景画はキリストの磔刑図や聖母子像、聖人像などで、これがオテロやデズデモナの、お互いに行き詰まってしまって救いを求める内面の葛藤を表現している。
衣装や道具などは以前からの使い回しなので、しっかりしているのが嬉しい。「メリー・ウィドー」の二の舞はごめんだ。
第1幕の嵐のシーンから大迫力のスペクタクルが展開されて満足する。狭い舞台の上に、戦いから帰ってきたオテロの軍隊の大砲や軍旗が登場し、大勢の人間が引き回す。当地に来て初めてオペラらしきものを見た気がする。歌手も達者である。照明も非常に凝っていて感心させられる。バックライトの使い方がうまい。
オーケストラは、ホールの大きさに合わせてかなりの大編成である。これがステージ席にどーんと鎮座ましましている。また、左右の天井桟敷の奥にかなりの金管を配して、天井から音楽を客席に注ぎ込む。広いホールを効果的に使う演出が為されていて楽しめる。ただし、オーケストラの音をスピーカーで拡声しているのはいただけない。スピーカーはオーケストラ・ピットの四隅に配置され、その周囲の楽器が極端に拡声されるので、スピーカーに近い人は音のバランスが完全に狂ってしまう。
2幕と3幕は続けて上演される。「柳の歌」も、まあいいんじゃない。別にすごくもなんともないけど。で、オテロが妻を殺して、自分も死んでおしまい。舞台が完全に暗くならないので、終わった後に死んだ人間がむくむく起きあがってくるのがおかしい。
「まあ、そういう感じね」という感想を持った「オテロ」だった。まだ、新作を見るよりはましであるし、目も当てられないというものでもない。ちゃんとオペラになっている。ただ、何かが足りない、抜けている感じがするのだが、それがなんなのかは思い当たらなかった。「大満足」にはほど遠かったとしか言いようがない。「劇性」が今一つなのだ。緞帳がない、開放的な空間であるというのがその一因なのかも知れない。
まあ、とにかくROHには頑張ってほしい。来週の新作「フィガロの結婚」には絶対行かないぞと決心を新たにした。ただしバレエは見てみようっと。
チャリング・クロス11:22の電車に乗る。リバプールに行って来たという大荷物を抱えたフェルナンドと、「レ・ミゼラブル」を見てきたというLIZとアンドレスと一緒になる。「オテロ」を見たというと、みんな声をそろえて「オテロは俺も好きなんだ。俺も行こうっと」と声をそろえて言う。ほんとかいな。やっぱりオペラは西洋人の基礎教養なんだなと認識する。
帰路、うちの前のバス停で、30分ほどLIZのバスを待つ。狐がうちの裏庭の方に入っていって、自動的に通路の照明がつく。「あんな装置は日本にはない」と言うと、「コロンビアはにはあるもんね」「チリにもあるもんね」と言われる。治安が悪いだけじゃないか。12:30帰宅。