11月18日
授業終了後、ANDYに頼まれているのでITSUROをフランス飯に誘って、サバイバル英語を教える。「私もついに人様に英語を教える立場になったか」と、感無量。
彼の家は建て替え中で、部屋数が足りないのでロンドンへ行って来いと言われたという。無茶な話だ。しかし、去年の年末、うちが立て替え中なので帰ってくるなと言われてアメリカへ行った私と立場は同じだ。
それでもって、彼は初めての海外旅行で、右も左も分からないと言う。弱ったもんだ。郵便局で両替。£1=230円になっている。勘弁してほしい。
帰って洗濯をしているとあっと言う間に時間が過ぎる。マークス寿子(マークス&スペンサーのマークス家に嫁いでいた。レディ・マークス)さんに電話。「ピーターズ・フィールドの屋敷に遊びに来い」と言われる。
クロックハウスから5:52の電車に乗ってキャノン・クロスへ。クロックハウスの窓口が閉まっていたので、ここの窓口で一日乗車券を買う。時事通信のAさんに電話する。地下鉄でテンプルまで行って、そこからTHEATER ROYAL DRORY LANEまで歩いて、7:00窓口でMISS SAIGONの切符を買う。学割で£15。STALL(平土間)のど真ん中の席が手に入った。劇場の前の前のサンドイッチ屋で飯を食べる。暖めたベーグルは意外とうまいということを知る。
この劇場は誠に立派な劇場で、1662年に建った初代から数えて4代目。この建物は1812年に建てられた。そして「南太平洋」「回転木馬」「オクラホマ」「王様と私」「マイ・フェア・レディ」「42nd Street」「コーラスライン」という、誰でも知っているミュージカルを上演してきた、いわば正統派ミュージカルを代表する劇場のようだ。なにか劇場の係員も、他と比べて胸を張っているような気がする。愛想もいい。歴代の出し物の中でもレックス・ハリソンとジュリー・アンドリュースの「マイ・フェア・レディ」は2281回の上演を数えたが、1994年にMISS SAIGONがこれを上回ったという誇らしげな銘板が客席の入り口に掲げられている。そしてこの劇場では入場時に持ち物チェックを受けた。「カメラを持っていないか」と聞かれるが、今日は持ってこなかった。
7:45開演。このミュージカルについての知識は皆無だ。「レ・ミゼラブル」のスタッフがつくったという事だけ予備知識がある。ぜんたい当地では、プログラムを買っても筋の要約が載っていないので、予習することができない。不親切このうえない。
しかるにこの作品は実に素晴らしいミュージカルだ。こんなものを毎日いろんな劇場でやっているとは、つくづくロンドンというのはすごい街だと思った。ロンドン好きのツアーガイドのオットーが「ロンドンに飽きたという人は、人生に飽きた人のことである」とある作家が言ったとか言っていたが、まったく納得させられる。
筋としては、私の理解では、17歳でサイゴンの娼家に入ったKIMがすぐに見初められてアメリカ兵のCHRISと結婚して子供をもうけるが、2人は1975年のサイゴン陥落の混乱で離ればなれになり、CHRISはアメリカで結婚してしまう。3年後、KIMのいとこはベトナムの軍隊で栄達を遂げKIMと結婚を望むが、KIMに子供がいることを知り、逆上して子供を殺そうとしてCHRISがKIMに残したピストルによって逆にKIMに射殺されてしまう。KIMは子供のためだけに生き抜くことを誓い、娼家の主の所に身を寄せる。
このENGINEERというあだ名の娼家の主が「レミゼ」におけるティナルディエのような役割で、アメリカにあこがれているがピザが取れないのでKIMの子供をダシにして出国する。
彼らはバンコクの繁華街のストリップ小屋に落ちつき、KIMは店に出てENGINEERは呼び込みの職を得る。一方アメリカでは、ベトナム戦争遺児探しのNPOが活動しており、バンコクで会議を開いている。CHRISはNPOの友人に頼んでKIMを探し出してもらう。KIMはホテルにCHRISを訪ねるが、CHRISの奥さんに迎えられて彼が結婚していることを知り激しいショックを受ける。CHRISは子供を引き取ることにするが、子供を引き渡した直後、KIMはCHRISがベトナムで彼女に渡したピストルで自殺してしまう。
見所としては、ベトナム兵の行進と踊り、良くできたヘリコプターが登場するサイゴン陥落の混乱、バンコクの繁華街の喧噪、ENGINEERの見るアメリカの夢、がおのおの凝った趣向で面白く見せる。
舞台の特徴は、奥行きのある舞台を演出に活かせることにある。舞台の三方には巨大な簾がつり下げられており、これを上げ下げして人や装置の出し入れをして効果を上げている。照明も道具立ても素晴らしいの一言。そして歌唱は文句なく高いレベルにある。主役級でない人間も粒ぞろいだ。なんとも完成度の高い舞台に目の覚める思いがする。また、ENGINEER役の役者の力量は実に素晴らしい。
やはりロンドンのミュージカルは見て損をしないな。プログラムを見ると、多くのスタッフが大学で演劇を勉強し、ロイヤル・シェークスピア・カンバニーで腕を磨いている。シェークスピアの伝統がロンドンを世界の演劇の中心にしているのだ。
舞台終了後、ENGINEERが「今日の芝居の収益の一部はHIV患者のために使われる。みんなが£1ずつ寄付したことになる。土曜にホテルでチャリティパーティーやるから来てね」かなんか言っている。この芝居のプロデューサーのキャメロン・マッキントッシュは財団をつくって、ベトナム遺児の援護活動をやっているのだそうだ。
チャリング・クロス10:52の電車に乗る。11:30帰宅。