11月28日
朝、野村のT副社長と日経の○○さんに電話してアポを入れる。
授業終了後DARIOとロンドンへ。ビクトリア駅でDARIOの兄のCEASER(31歳)と落ち合う。コンピュータのエンジニアで、3週間だけうちの学校で勉強し、その後スペインに行くという。
駅の3階のシンガポールレストランで飯を食べて、地下鉄でウエストミンスターへ。国会の前は、狐狩りに反対する法案を支持するデモで大混雑だ。国会議員が出てくると大歓声が湧き、多くのテレビカメラが取材に来ていた。とんでもない騒ぎだ。下院が通っても、上院で廃案はまちがいない。
ウエストミンスター寺院の中にちらりと入ってから、地下鉄でセントポール寺院に向かう。入場料£3。その代わり撮影自由である。この寺院はサンピエトロ寺院に次いで2番目に大きいドームだ。
地下に降りると、ウェリントンの墓、ネルソンの墓、T.E.ロレンスの墓を見ることができる。そのほか多くの戦争で殉死した人たちの墓がまつられている大変きれいな墓所だ。そういえば、ウエストミンスター寺院の入り口入ってすぐの所にも、無名戦士の墓があった。セントポール寺院のファサードを見て、ここが「アラビアのロレンス」の冒頭のシーンだったなあと思い出しつつ、地下鉄の中で「今度はハロッズへ行こう」と提案する。
4:00、日はとっぷりと暮れており、ナイトブリッジの駅を降りるとビルの周囲を電飾したハロッズが眼に飛び込んでくる。入ってみると、なるほどすごい品揃えだ。内装も素晴らしい。しかし1901年から造り始めた古いビルなので、出入口が狭くエスカレーターやリフトに辿り着くまでがたいへんだ。
なるほど、これが音に名高いハロッズか。店内はクリスマス一色で、なかなか景気が良さそうだ。値段は衣料品は明らかに日本より高いが、それ以外は似たようなものだと思う。ペット売場では、象も買えるというが、本当か。おもちゃ売場で、偶然LARISSAと、彼女の友人のブラジル人に会う。彼女は明日帰国するという。
ナイトブリッジの駅でDARIO、CEASERと別れて、地下鉄でキングス・クロスへ。国鉄の駅のプラットホームにあるセルフサービスレストランでまずいラザニアを食べて、バービカンセンターへ向かう。バービカンシアターのロイヤル・シェークスピア・カンパニーの「ハムレット」のプレビューを見ようと思ったのだが、満席だという。1枚だけあるという天井桟敷を買う、£5。
7:15開場予定なのだが、いつまで経っても入場できない。結局15分ほど遅れて始まった。
この舞台は、現代的な演出で、ハムレットは三揃えを着ているし、ホレーショはタキシードを着ているといった具合。冒頭近くのパーティーのシーンの場面転換で、軍歌「戦友」をサンバにした音楽をかけていたのには驚いた。シェークスピア時代の古典的な英語でやるのかと思ったら、まったくそんなことはなく、普通の英語で喋っていた。
他に演出の新味は、ハムレットが剣の替わりにピストルを振り回していること、最後のシーンの決闘は剣でやるが(でなければ剣先に毒を塗るという筋が成り立たない)、手負いの王へのトドメはピストルで刺す。みんな死んでしまった後、フランスの王が上陸してくるはずだが、この場面はカット、芝居の最初と最後はハムレットの幸福な子供時代を象徴する白黒の実写フィルムを上映する……、といったことか。それと劇中劇の部分を、人が影絵として演じているが、これは秀逸であった。非常に完成されているので、おそらくこの手法はRSCではよく使われているのだろう。
なかなかの熱演で結構なのだが、じつに演技の達者な墓堀人夫が出てきてハムレットにサンドイッチを手渡し、一緒に食べつつハムレットが骸骨に向かって喋った時点で、舞台上にセリ上がってきた墓のセットが舞台の下に格納できないということを告げる劇場の女性職員が舞台に出てきた。しばらく幕を閉じるという。この不具合のために上演開始が遅れたのだ。
墓堀人夫が観客に「サーモン・サンドイッチはいかが」と勧めて大喝采を浴びた後、15分ほど幕が閉じるが、結局セットをうまく収納できず、「役者がやりたいと言っているので続けます」との口上の後でオフィーリアの葬式から舞台が再開した。しかし、かなり席がかなりざわついた後なので、全く緊張感が続かず、せっかくのオフィーリアの熱演も甲斐のないことになってしまった。プレビューだと、よくあることなのだろうか。
さらに、天井桟敷の連中はドイツ語を話す若造グループで、開演中にひそひそ話をするマナーの全くなっていない奴等だ。あまりにうるさいので注意する。舞台中断中の観客のマナーも最低で、このシェークスピアの作に対する敬意は全く払われない。しかし、イギリスでシェークスピアが死んでいるのなら、一体どこで見ればよいと言うのか。
確かにシェークスピアは商売人で、見せ物として誇張と起伏のある芝居を書いてあるのであるが、「魔笛」とは違ってその底流には実に鋭い人間と社会に対する観察眼がある。そしてそれを「芝居」という枠の中に見事に落とし込み、舞台芸術の偉大な可能性を指し示した人物なのだ。
私が今までに見た最高のハムレットは、ロシア人のリュビーモフという人が演出したもので、世界ツアーが日本に回ってきた。宗教的な余計な部分を全部削ぎ落として、ハムレットという芝居の本質を剥き出しにした素晴らしいものだった。この芝居は人類の宝なのだが、それを満足な環境で見るということは、すでにロンドンでも不可能なことなのであった。また友人の話では、どうやらRSCの本拠地であるストラットフォード・アポン・エイボンのシェークスピア劇場でも状況は全く同じらしい。
非常に不満を感じつつ劇場を去る。ロンドンブリッジの駅から11:30発の電車に乗るが、これは違う電車であさっての方角に電車は進んでいく。HITHER GREENという駅で降りる。既に上り電車はない。駅前のハイヤー会社でハイヤーを頼んで帰る。ベンツのバンでさすがによく走る。がんがん飛ばして家の前に付ける。£6。頭が痛いので、頭痛薬を飲んで寝る。