12月12日
二日酔いで頭が痛い。授業を休んで、ANDREW SMITHERSに会いに行く。8:52発の電車でクロックハウスを去る。9:30以前はトラベルカードが使えないので、往復£5.10かかる。業腹だ。ロンドンブリッジの駅で「トラベルカード、ゾーン1」というと、£3.2と言われて、ますます腹が立つ。しかも9:30になるまで待たないと改札を通れない。やっと地下鉄を乗り継いで、ブラックフォードの駅へ。そこから10:00、インターナショナル・プレスクラブへ行って、4階の時事通信を訪ねる。Aさんは、「急遽、今日、オスロにスピードスケートの取材に行くことになったが、ヒースロー空港のレストランが火事で、ターミナルが使えないので、航空会社を変更した」と、あわてている。
10:30タクシーでSMITHERS & CO. へ。彼は元SGウォーバーグの社長で、現在は12名の社員を使って金融情報会社をやっている。2年間日本にいたそうだ。彼の奥さんは日本語が達者なのだそうだが、彼はからっきしだめだ。ときどき「イブニング・スタンダード」紙に日本の金融話を書いているらしい。この夕刊紙はシティの金融マンによく読まれている。「あなたのことはDAVID ASHERから聞いた」と言うと、「彼の言うことを信じるな。彼は俺のことを持ち上げすぎる」と笑う。
ANDREW SMITHERSの話
日本経済悪化の元凶は過度の不良債権だ。不動産会社は死んでいる。アジア、韓国も同様だ。さらに問題なのは、ことの深刻さをだれも意識していないことだ。
日本には3つの道がある。大混乱。大インフレ。株価買い支えである。しかし、庶民に株を買わせるのは難しいから、残る手段は公的資金導入であろう。私は、この持続的景気後退が5年間は続くと思っている。はやくタフでハードな方策を実行しないとやばい。今の日本の状況は、1930年代のアメリカに似ている。日銀は安易な金融政策をやっている。
銀行は貸し渋りしている。問題の元凶は、不良債権だ。それと銀行の自己資本が少なすぎてバランスシートが悪い。そこでまず、政府は公的資金を導入してパニックを防ぐ必要がある。しかし、10兆円の使途については未だに不明瞭だ(月曜に発表)。次に、資本市場から銀行がファイナンスできるように何か手を打つべきだ。それから、民間需要についての奨励策が不可欠だ。今の状態では需要が低すぎる。日本の輸出のうちの40%はアジア市場に向かっているので、アジア経済の足腰が弱るとますます日本は困ることになる。減税を行うべきだ。日本は長期の財政難状態にあるが、緊縮政策は間違っていると私は96年にレポートに書いた。タイミングが悪すぎるのだ。増税はネガティブ・インパクトしか与えない。したがって97年のフィスカル・ポリシーも間違っている。日本の危機の原因は、複雑な政策のミスと財政赤字にあるのだ。
結局、円安にするしかない。アメリカ企業は困るので、アメリカ政府にとっては受け入れがたい事だが、他に手はない。ただし、景気回復を貿易収支に求めるのは間違った考え方だ。
財政投融資制度もたいへんな問題の一つだ。これは日本の金融システムにとってとんでもない邪魔者でしかない。しかし、現在はここに集まった資金を金融システムや中小企業救済のための原資にすることが期待される。
今後5年間の日本経済は悲惨だろう。規制緩和もまだまだ十分とは言えない。しかし、ビッグバンの後には、大きなビジネスチャンスが待ちかまえている。あらゆる金融サービス業にとって、理想的なビジネスが展開できる環境ができるだろう。特にデリバティブや、民間の年金システムが有望だ。個人の持っている貯金は株へと向かうだろう。これによって株式市場も底上げされるはずだ。
外国資本にとっても東京ビッグバンは素晴らしいチャンスになるだろう。先日イギリスの大蔵省の役人と話していて「ウィンブルドン現象はイギリスにとって良いことだったのか」という話題になったときに、彼は「イギリスのオーナーシップが少なくなったという事は我々の関心事ではない。金融機関が経営的に成功しているかどうかが問題だ」と言い切った。
日本では急激な競争が起こるだろう。またイギリスのようにスーパーマーケット・チェーンなども銀行業に参入するだろうし、アメリカで起こっているようにインターネットは大きな衝撃を与えるに違いない。
上海や香港が金融市場として日本にとって変わるという見方もある。だが、本当にこれらの市場で情報開示が為されるのか。それがなければ、今後東京市場の重要性は増していく。ただし、金融機関が不自由を感じるような制度や規制を撤廃しなければ、東京市場はダメになって行くだろう。
Aさんは、原稿をオスロから送るのだそうだ。「世界週報」の原稿も頼んでいた。なかなか働いている。SMITHERS & COを辞して、モニュメントの駅まで歩いてサークルラインに乗り、エンバンクメントの駅でAさんと別れてトッテンハム・ロードへ。二日酔いなので麺類が恋しい。11:45、イタ飯屋でスパゲッティを食べる。
12:15イタ飯屋のすぐ裏手の大英博物館へ。二階のローマ時代から観て回る。Sさんが取材で大英博物館に来たのもよく分かる。イギリス国内から発掘されたローマの遺跡の研究もかなり進んでいるようだ。胸像はマルクス・アウレリウス。
エジプトのミイラは注意して見た。前回(6年前)はあまりの展示物の多さに圧倒されて、よく分からなかったからだ。だいたい、当時は何も分かっていなかったと思う。こういう展示を見慣れてきたから、以前に比べるとよく分かる。とはいえ、5400年前のミイラには圧倒される。「歴史」を超えた有史以前の世界である。また、BC2400年には、エジプトには極彩色に彩色された立派な廟が存在した。
日本に文明が芽生える3000年以上前に、ヨーロッパにはこれだけ高度な文明があったのだから、我々の思考はどうしても短期的になりがちなのも仕方がない。連中はとろくさいのではない。文化として身につけた時間感覚が違うのだと思う。
ロゼッタ石や、アクロポリスの華麗な装飾彫刻など、各国からのぶんどり品をこれみよがしに展示している。ギリシャ人がここに来たらどう思うだろうか。ここにも、ヨーロッパの文化の一端を見る思いがする。
大英図書館の展示室には、マグナカルタや、シェークスピアの直筆。リヒャルト・シュトラウスやエルガーの直筆楽譜がある。面白い。しかし、くたくたに疲れた。