12/24 ローマ
7:30起床。晴れていて嬉しい。ホテルで飯を食べる。バスでバルベリーニ広場に出て、地下鉄でテルミニに行き、そこから64番のバスでバチカンに行くが、考えてみればバルベリーニから地下鉄で逆方向のオッタビアーノ・サンピエトロへ行った方が早かった。
バス停からずんずん歩いて10:00、バチカン美術館の入り口にたどり着く。今回の目的は、以前修復中で見ることのできなかった「最後の審判」を見ることである。入り口でCITICARDをカタに預け、イヤホンガイドを借りる。L8000。エジンバラ城にあったのと同じタイプの頼もしいものである。
まずエジプト芸術、ラオコーンを見て、長大な地図の廊下、タピストリーの廊下を通ってシスティーナ礼拝堂に到着する。礼拝堂の入り口が、「最後の審判」の地獄の部分であることが面白い。
「最後の審判」はその言わんとする思想をいかにして表現するかという技術と発想が感動を呼ぶ絵画である。
この絵はこの法王の礼拝堂の祭壇の背後にある。キリストと聖母を囲んで使徒や聖人達が輪になって描かれており、その外側に天使に導かれて天上に昇る正しき人々と、悪魔によって、ダンテが描いた地獄に引き下ろされる絶望した人々が輪型に描かれている。そして右手を挙げて点を指し、左手を下げて地を指すキリストの動作によって、この絵全体が大きく回転を始めるといった雄大な構想である。その大枠の中で、人々の群像が様々な表情、肢体でもって観る者に迫ってくる。
しかもこの絵は、天井の「天地創造」に繋がっており、天地の創造から原罪を背負って生きなければならない人間の絶望を、キリストのみが救うことができる、しかも「キリストは神の国と現世を繋ぐ者である」という思想を、圧倒的な説得力で語りかけてくる。
「最後の審判」のキリスト像は、この礼拝堂自体の信仰の対象である聖像ともなっている。そして天井に描かれた聖人や予言者達がキリストの仕事を助けている。壁の周囲にはキリストとモーゼの行跡が6枚ずつの絵で描かれており、特に初代法王のペテロがキリストから教会権威の象徴である鍵を受け取る絵が重要である。
宗教思想を絵画で雄渾に描破し、観る者に畏敬の念を感じさせる、実に法王の礼拝堂にふさわしい傑作群と言えるだろう。
またどんどん廊下を歩いて出口へ。日本人のガイドツアーに「モーゼ像はどこにあるのか」と聞く。ガイドブックを持っていないので、こんな情けないことをしなければならない。美術館を出て15分ほど歩きサンタンジェロ城へ。
この城は2世紀前半にハドリアヌス帝が自分のために建てた円形の廟であり、その後法王の要塞として使われた。バチカンとこの城の間は渡り廊下で繋がっており、私はこの城壁沿いに城へとやってきた。1527年のローマ略奪(サッコ・ディ・ローマ)のときには、法王はここに篭城して難を逃れた。また牢獄としても使用され、「トスカ」第3幕はこの城が舞台である。ぜひ今回訪れたい史跡であった。この城の手前の広場は、中世には処刑場であった。
まずティベレ河にかかるサンタンジェロ橋で、欄干を飾るベルニーニ作の天使の彫刻群をじっくり鑑賞する。
青空にくっきりと、白亜の天使の恍惚とした表情が映えて、言葉を失う美しさだ。ローマへの巡礼者はポポロ門から入場し、このバロックの天使に迎えられてサンピエトロ寺院に向かった。おそらくタンホイザーも。1450年の聖年にはあまりに大勢の巡礼者を迎えたため欄干が崩れて巡礼者ががティベレ河に落ち、172人が死んでいる。キリスト教もかなりクレイジーである。
城の門前でジェラートを買って食べる。やっぱりこれがないと……。
12:00、いよいよ入場料を払って国立サンタンジェロ美術館へ。
だが展示品には全く興味はない。入ってみると内部にローマ時代の螺旋階段があり、それが終わると長い直線の階段があって、さらに幾つかの階段を上ってやっと屋上に出ることができた。かなりの高さである。屋上からブロンズの聖天使の像を真上に見上げる。ゼフィレッリ演出の「トスカ」の舞台装置では、終幕でトスカが身を投げたとしても私が立っているテラスに落ちることになるので、トスカは死ねないという事実に気が付いた。これでは艶消しだ。
屋上からは蛇行するティベレ河とバチカン、それとローマ市内が一望できる。城内は味気ない城塞に不釣り合いな法王達の贅を尽くした部屋もある。ローマ時代の煉瓦積みの城壁の趣を味わいつつ降りてくる。
ティベレ河を歩いて渡り、対岸のリストランテでフィットチーネを食べる。そんなにうまくない。そこからしばらくあるいて、「トスカ」第2幕の舞台になったファルネーゼ宮へ。広場に正面して、堂々の大建築である。見事だ。しかし現在はフランス大使館となっていて、「公開していない」と警官はにべもない。BARでエスプレッソ(L1000)を飲んで、今度はまた64番のバスに乗ってバチカンに戻る。
長野に行ったら善光寺に行かないと何か悪い気がするように、ローマに来たらサンピエトロ寺院にはとりあえず顔を出しておかないと、やはり夢見が悪いだろう。
サンピエトロ広場ではTVカメラがセットされ、ステージで歌手がクリスマスソングを歌っている。あのテントは、街のあちこちにある、キリスト降誕のシーンを人形で再現した模型の大親分なのであった。テレビで序幕シーンをこれから放送するのだろうが、あまり興味はない。
サンピエトロ寺院の内部にはいると、今晩12:00からのミッドナイト・ミサの準備のためぎっしりと椅子が並べられている。ペテロの棺の上を覆うこれまたベルニーニ作の天蓋(バルダッキーノ)の下では、法王が世界中にメッセージを送る祭壇の準備が進んでいる。
意外と人が少ないので、ミケランジェロのピエタは前回よりもじっくりと観ることができた。このマリアは、聖母にしては不自然に若いので、実はマクダラのマリアではないかというのが弓削達氏の説だ。「ジーザス・クライスト・スーパースター」みたいな話であるが、説得力があるし面白い。
内陣に進んで、ステンドグラス代わりに色大理石でつくられた鳩を見る。真横から日光が差し込んでいて、実に荘厳な祈りの空間を作り出している。ぐるっと教会内部を一回りして外に出る。