「責任を取るつもりがない」から政策を押しつけられる
運営者 僕も雑誌を作っていたころには、会社にお役人の方が「ご説明」にいらっしゃったのをよく聞きました。その時に、皆さんがやっているのは、如何にして自分の考え方を相手に納得させるかということだったように思います。まあ、押しつけているということですね。自分に都合の悪い事実は隠しておいて、説得材料だけを提示するというかたちで。そういったやり方とは違うわけですね。
瀬口 押しつけるということは、「自分たちがまちがった政策をやった場合でも責任を取らない」ということが前提になっているのではないかと思いますよね。
運営者 「自分たちはまちがわない」という前提がさらにその前につくかもしれませんね。
瀬口 まあ、そうなのですが、人間ですから誰しもまちがえるということはあるわけです。
運営者 役人はそれすら認めないから大変なものなんですよ。
瀬口 確かに世間では役人に対して「基本的に自分たちにまちがいはない」と思っているのではないかという見方が多いようです。もしそう考えている役人がいるとすれば、それは「まちがえたとしても自分たちが責任をとる必要はない」と思っているからではないでしょうか。だから、自分が「これは正しい」と思っていることを人に押しつけるのではないかと思います。
運営者 あ、そういうことか。
瀬口 他人の意見を聞かないということは、まちがえないようにする努力を放棄しているということではないでしょうか。他人の意見を聞くということは、政策をまちがえないために、自分の判断をチェックするという意味ですから。
運営者 政策立案のプロセスが、外部に向かって開かれているわけですね。
瀬口 本来はそうあるべきでしょう。
運営者 しかし、政策を押しつけるタイプの人たちというのは、「政策はわれわれが決めるべきものであって、外部の容喙は許さない」と考えているのだと思いますよ。
瀬口 そうすると結局は、政策をまちがえる確率が高くなりますよね。
運営者 しかし、「政策は日銀の中だけで考えるべきではなくて、外に向かって開かれているべきだ」というような発想は、あまり他の役所の官僚の間ではポピュラーな考え方ではないような気がしますが。そもそも本来は、役所で政策をつくるのはおかしなことですし。