まず教師が手本を示すべきだが・・・
運営者 例えば僕の場合であればどういうことをやったか、話しているうちにだんだん思い出してきたんですが、学校から老人ホームの慰問に行ったんですよ。といっても僕なんかなんの芸もないじゃないですか。それで仕方ないのでおばあちゃんに下手くそな似顔絵を描いてあげたんですよ。それだけでおばちゃんはぼくの手をとって、涙を流しながら喜んでくれましたよね。あれはいまだに忘れられないですよ。
あるいは学校の前の道を、朝早く行って掃除するわけです。そうすると取りかかった近所の人が「掃除をしてくれてありがとう」と言ってくれますよね。そうすると、「ああ、掃除をすると喜ばれるんだ」と自然にわかってきますよね。気づくわけです。
そういうことでいいんだろうと思うんですけれど、難しいことなのでしょうか。そういう教育って、東京ではやらないんですか。うちは田舎なもんで。
瀬口 やっているところもありますが、数は非常に少ないと思いますよ。
運営者 だけどこれは簡単だし、タダだし、みんな喜ぶし、効果的だし、いい方法だと思いますけどね。なぜやらないのでしょうか。何か制約があるんですかね。
瀬口 老人ホームの場合は、ホーム側の受け容れが大変だと言われていますよ。老人ホームの人たちも、そういう活動を通して子供の教育をしているということを認めてくれても良さそうな感じがしますが。
運営者 それはホームの運営者や職員側が面倒くさいというのが本音なんじゃないでしょうかねぇ。
この何年かはゆとり教育が始まって、時間はいくらでもあるわけですから、やればいいと思いますけどね。そうやって子供たちに「自分は社会の中で生きているんだ」ということを自覚させていくべきだと僕は思うのですが。
瀬口 子供たちにそのように思わせるためには、まず先生が、「社会のために貢献することでこのように皆さん喜んでくれるんですよ」ということを、率先垂範しなければならないんです。
あるいはね、まず先生自身が「生徒たちに一生懸命授業で教えることによって、先生はこんなに嬉しいんだよ」と思っていなければ、子供たちにはそれは伝わらないですよね。
ところがそう思ってる先生というのはなかなかいないみたいですよ。そういう思いがないんです。