3月16日(土)12:00~《フランチェスカ・ダ・リミニ》
フランチェスカ:エヴァ=マリア・ウェストブロック
パオロ・マラテスタ:マルチェロ・ジョルダーニ
ジョヴァンニ(ジャンチョット)・マラテスタ:マーク・デラヴァン
マラスティーノ・マラテスタ:ロバート・ブルベイカー
シモネット(道化):ジョン・ムーア
スマラグディ(フランチェスカ付奴隷):ジンジャー・コスタ=ジャクソン
ガルゼンダ(フランチェスカの侍女):ディゼラ・ラルスドティル
ビアンコフィオレ(同):ケイティン・リンチ
アルティキアーラ(同):パトリシア・リズレー
アドネッラ(同):ルネ・テイタム
オスタジオ(フランチェスカの兄):フィリップ・ホルスト
指揮:マルコ・アルミリアート
演出:ピエロ・ファジョーニ
装置:エツィオ・フリジェリオ
衣裳:フランカ・ズクァルチャピーノ
照明:ジル・ヴェヒスラー
リッカルド・ザンドナイ作曲のこの作品は、私にとって初めて聴くものです。METでも1986年以来の上演だとか。1984年の新演出初演では、レナータ・スコットとプラシド・ドミンゴが主役を演じたそうです。ピエロ・ファジョーニは、その頃日本でもいくつかのオペラを手掛けるなど国際的に活躍していた気鋭の演出家でした。美術のフリジェリオは、ストレーラーとのコンビが有名でしたが、このプロダクションでは、紗幕や象徴的な大道具は使われず、伝統的なMETらしいより具体的で大がかりな美しい舞台になっています。27年もの間一度も使われなかった大道具をきちんと保管していたMETのシステムにも驚かされます。
フランチェスカ・ダ・リミニの物語は、ダンテの「神曲」地獄篇で語られて以来、ロダンの彫刻「接吻」をはじめとして色々な芸術家がとりあげているロマンチックなテーマです。
ラヴェンナの領主オスタジオは、リミニのマラテスタ家の当主ジャンチョットとの政略結婚を成就させるため、妹のフランチェスカに、当主の名代でラヴェンナを訪れた弟のパオロを結婚相手と誤解させ、嫁がせてしまいます。ジャンチョットは跛で醜い男であったのに対し、パオロは美男であったからです。
ダンテの詩では、フランチェスカとパオロの恋が燃え上がるのは、アーサー王物語のグイネヴェア王妃と騎士ラーンスロットの恋の場面を一緒に読んだ結果、ということだけが出てくるのですが、ガブリエーレ・ダヌンツィオの戯曲に基づくティート・リコルディの台本では、ふたりの出会いの場面から、戦闘シーンを経て、有名な接吻のシーンにいたるまでの恋の過程を濃厚に描くとともに、同じアーサー王伝説のトリスタンとイゾルデの逸話にも言及されたりします。
プログラムでは、フランス印象派、ポストワグネリアン的グランドオペラ、イタリアン・ヴェリズモの感情表現が融合された音楽といった解説がなされていますが、こうしたアーサー王伝説に基づくロマンチックな題材と、歌よりもオーケストラに登場人物の感情やドラマの展開を語らせるというスタイルから受ける印象は、ワグネリアン的なものが強いように私には感じられました。
音楽全体としてはイタリア的な美しさに満ちていて、それなりに楽しめるものではあるのですが、歌手によって歌われる部分にはあまりカンタービレが感じられず、私の好みから言うと何度も聴きたくなる作品とはいえません。
タイトル・ロールを歌ったウェストブロックは、強い声の持ち主で、長い金髪のなびかせた姿も美しく、いかにもワグナーのヒロインが似合うタイプのオランダ人ソプラノ。ダンテのヒロインにはもっと儚げで受動的なイメージが感じられるのですが、ザンドナイのこのオペラのヒロインはもっと能動的に恋に生き、恋に殉じる強さが感じられるので、彼女はまさにこの役に合ったキャスティングといえましょう。
パオロ役のジョルダーニも、テノールらしい甘さと力強さを兼ね備えた声で好演していましたが、三男マラテスティーノを歌ったブルベイカーの方がより強い声のテノールで性格的な演唱をみせたので、少し食われた感があります。
ジャンチョット役のマーク・デラヴァンは、私がニューヨークに居た15年ほど前には、シティ・オペラの方によく登場していたバリトンですが、METの大舞台で朗々と響く強力な歌手に成長していました。これらあくの強い長男と三男にはさまれた二枚目の二男パオロは、もともと人物の造型としては難しい役柄だったかもしれません。
そのほかの登場人物では、スマラグディを歌ったコスタ=ジャクソンが、いかにも異民族の女奴隷という感じのエキゾチックな美貌で表現力のある演技をみせ、小柄でありながらメッゾ・ソプラノらしい強い美声も持っていて印象的でした。
アルミリアートの指揮もオーケストラを美しく雄弁に語らせていて、良かったと思います。
当日は、HD放映の日で、たくさんのカメラが会場のあちらこちらに設置されていました。
舞台の全面にはローアングルで歌手を映す無人カメラが遠隔操作でレールの上を走っていました。幕間のギフトショップやフォアイエでは液晶ディスプレイで、舞台転換やインタビューの様子が放映されていました。